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「千尋?」
ベッドの中でうつ伏せになってスマホを弄っていると、タオルで髪を拭きながら龍也が部屋に入って来た。
「うん」
「俺もメッセ送ってっけど、既読にもなんねー」
龍也がベッドに腰を下ろすと、ギシッと軋んだ。
「どこでなにやってんだか……」と、一方通行なメッセージ画面を閉じ、サイドチェストに置いた。
起き上がり、龍也の手からタオルを奪って、背後から彼の頭を少し強めにゴシゴシと拭く。
「あきらは、千尋が不倫してたこと知ってたんだろ?」
「うん……」
「止めたことなかったのか?」
「……うん」
「なんで?」
改めて聞かれて、そういえばどうしてだろうと考えた。
タオルを畳み、サイドチェストの上に置く。
「『汚れてるから』って、言ったの。千尋。詳しい理由を……聞いたことはなかったけど、離婚問題で悩んでる男を慰めるといいことをした気分になれるって。自分は汚れてるから、まともな恋愛は出来ないって」
「自分と重ねた?」
龍也がベッドの上に上がり、私たちは向かい合った。
「そう……かも」
私も、子供が産めないことでまともな恋愛は出来ないと思っていた。
「そうか」
「……うん」
「今は?」
「え?」
龍也の手が伸びてきて、私の頬に触れた。
「今なら、千尋を止められるか?」
『今も、自分にはまともな恋愛は出来ないと思っているか?』と聞かれている気がした。
きっと、そうなのだろう。
「そうね。今なら、ちゃんと自分の気持ちと向き合えって、言えるかな」
龍也がホッとしたように表情を緩め、互いに顔を寄せた。
唇が触れ、私は龍也の首に腕を絡め、龍也は私の腰を抱く。それが当たり前と言うように、どちらからともなく唇を開き、舌を突き出す。
「んっ……」
龍也が私のスウェットの裾から手を忍ばせた時、スマホが唸った。二つとも。
キスしたまま瞼を上げると、龍也もそうしていた。
もう一度、スマホが唸った。
二人で、それぞれのスマホを見る。
グループにメッセージが届いていた。
「え――っ?」
千尋とさなえを抜いたグループに、さなえが招待されている。招待したのは大和さんで、メッセージはさなえからだった。
『明日、うちに集合!』
さなえには知らせないと決めたのに、なぜこうなったのか。
私と龍也は顔を見合わせ、同時にため息をついた。
嫌な予感しかない。
そして、その予感は的中した。
翌朝。
朝ご飯を済ませて麻衣に電話をすると、寝起きのようだった。さなえのメッセージも見ていなくて、家を出る準備に時間がかかりそうだった。
私と龍也は先にさなえの家に向かうことにした。
陸さんは夜勤明けに直行し、既にさなえの家で仮眠中だった。
「どうして黙ってたの!」
顔を見るなり、さなえが言った。珍しく、大声で。
「気遣ってくれるのは嬉しいけど、こうやって後から知って怒る方が、よっぽど胎教に悪いんだから!」
「ごめんね、さなえ」
「あきらと龍也が上手くいったことも、何で教えてくれないの!?」
「それは……何となく言うタイミングを逃して――」
「――さなえ」と、龍也が私の言葉を遮った。
「ちゃんと付き合い始めたの、つい最近なんだ。メッセで報告すんのが照れ臭かっただけで、隠してたわけじゃないよ」
「わかってるけど――っ!」
「まぁまぁ。とにかくまとまって良かったんだから――」
「――大和は黙ってて! 知ってて教えてくれなかったくせに!!」
「すいません……」
さなえの頭に角が見える。大和さんの頭には垂れた犬耳。飼い主に叱られて、しょげているようだ。
さなえはふわっとしたワンピースを着ていてお腹は目立たないけれど、多分少しふっくらしてきているのだろう。心なしか、ひと月ほど前に会った時よりも、頬もふっくらしている。
私たちがリビングに行くと、陸さんが隣の部屋から顔を出した。
「そう言えば、大斗くんは?」
「大和の実家で見てもらってる」
「そっか」
「あ! 大和、あとお願い」
キッチンでコーヒーを淹れてくれていたさなえが、スマホを手にリビングにやって来た。代わりに、大和さんがコーヒーを淹れに立つ。
「千尋から、メッセージ」と言って、さなえがスマホを操作する。
「……」
私と龍也、陸さんは顔を見合わせた。
「――っ! はぁっ?!」
同時に、間抜けな声を出す。
「千尋って、千尋!?」
「なんで? さなえ、連絡とってんの!?」
「俺らのメッセはスルーのクセに、なんなんだよ!」
口々に思いの丈を発する。
「私を除け者にするからよ!」と、さなえが口を尖らせた。
「千尋がいなくなったっつー先週あたりから、結構頻繁にさなえにメッセきてたらしい」と、大和さんがカップを二つ持って来た。
テーブルに置いて、残りを取りに戻る。
「なんで言わねーんだよ」と、陸さんがぼやきながらカップに口をつける。
「メンバーでメッセする度に報告する必要ある?」
確かに、そうだ。
「さなえ、千尋がどこにいるか知ってる?」
「そこまでは。いなくなったことも知らなかったから、聞いてないし」
そりゃそうだ。
「じゃあ、どこにいるか――」
「――聞くけど、その前に直接話そう」
さなえがスマホをテーブルに置いた。
画面を覗き込む。
千尋とのトーク画面。
『離婚してやる! 大和、絶対浮気してる!!』
三十分ほど前のさなえのメッセージ。
「大和さんが浮気!? マジでっ!??」
「んなわけねーだろ!」と、大和さんが声を上げた時、持っていたカップから数滴の黒い雫が溢れた。
小さく舌打ちをして、カップをテーブルの上に置くと、テーブルの端に置いたティッシュを掴んで拭く。
『どうしたの?』と千尋からの返事が二分前。
『最近、いっつもスマホ弄ってんの。何してるか聞いても教えてくれないし、絶対女に連絡してるんだよ!』というさなえのメッセージはたった今。
「本気で疑ってたの。で、昨日、問い詰めたら白状したってわけ」
「千尋に連絡とろうとしてんのを浮気だと思われたんだぞ? 言うしかないだろっ」
大和さんが必死に訴える。
「それは、まぁ、仕方ないな」と、陸さん。
龍也も頷く。
「けど、私たちのはスルーなのに、なんで?」
「あれだ。さなえは何も知らなそうだからだろ。俺たちはあからさまに心配してるってメッセ送ってたから」
「やっぱ、そういうことか」
「けど、大和さんから話が伝わってるって思うのが普通じゃない?」
「どうだろうな。例えば、いなくなったのが麻衣かあきらだったら、さなえには心配かけないようにって言いだすのは千尋だったろうからな」
陸さんの言葉に、一同が納得した。
「そもそも、千尋から連絡来たのよ」
さなえが言った。