テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#恋愛
ばたっちゅ
4,548
成瀬りん
148
#怪異
215
第十一章 月の故郷
第十話 美しい月夜
少し落ち着いた部屋の中、ミレイアは穏やかな眼差しでジントを見つめていた。
その視線に気付き、ジントはゆっくり顔を上げる。
月の光のような乳白色の瞳と、夜を宿した黒い瞳が静かに重なる。
「ジント、よくお聞き」
優しい声だった。
「お前は、……人の子だよ」
ジントの肩が小さく揺れる。
「そして我々、月の一族の子でもある」
暖炉の火が、ぱちりと音を立てた。
「お前には月属性の力がある」
ミレイアはゆっくり言葉を選ぶ。
「癒しと浄化……そして、闇を本来あるべき場所へ還す力だ」
ジントは何も言わず、静かに聞いていた。
「……分かるかい?」
問い掛けられ、小さく頷いた。
ミレイアは目を細める。
「そうかい……」
「お前は、ちゃんと自分の力を理解しているんだねぇ」
少しだけ嬉しそうに笑った。
「そしてお前は……月蝕の子だ」
静かな声。
「闇を引き寄せ、その身に受け入れる存在」
暖炉の火が揺れる。
「月蝕の子は本来、吸収した大量の闇を抱え月へ還ると言われている」
ジントの黒い瞳が伏せられる。
それは、これまで何度も聞いた言葉だった。
自分の役目。
自分の終わり。
自分が消える未来。
「けれどジント、お前は……」
ミレイアはジントを真っ直ぐ見つめた。
「月の一族の血を持ち、その力で闇を還すことのできる存在でもある」
部屋が静まり返る。
「つまり、闇を吸収しながら浄化し、還している」
「これまでの月蝕の子とは違う」
ミレイアの声が柔らかくなる。
「だから、お前には違う道があるかもしれない」
その瞬間、胸の奥が大きく震えた。
ーー違う道。
そんなものが、自分にあるのだろうか。
「私はねぇ……」
ミレイアは静かに笑う。
「お前がここへ来た時、少し安心したんだよ」
「え……?」
「だって」
優しく目を細める。
「一人で来なかったからねぇ」
その言葉に、ジントは息を止めた。
ミレイアはハヤト達へ視線を向ける。
ダイチは真っ直ぐジントを見ていた。
ハヤトは穏やかに微笑んでいる。
シュンタは「まぁ俺がおるからな」と小声で笑い。
ジュウタロウは静かに頷いていた。
「この子達と一緒なら」
「きっと、お前は自分の道を見つけられる」
微笑むミレイア。
ジントの瞳が大きく揺れた。
胸が熱くなる。
そしてミレイアはテーブルの上に置かれた『月蝕記』へ視線を移した。
「……それから、この本」
古びた黒い表紙へ、そっと指を添える。
「この本は、月の一族が長い年月守ってきた記録だ」
静かな声。
「月蝕の子が歩いた道を残すためのものだよ」
「そして、一族のための預言書でもある」
ジントは白霧山での不思議な出来事を思い出す。
月の光を受けて、黒い表紙に浮かび上がった文字。
今は暖炉の灯りが、表紙を淡く照らしている。
「だからきっと」
ミレイアは微笑む。
「この本がお前をここへ導いてくれたのかもしれないねぇ」
そして
「ジント」
皺だらけの手が、そっとジントの頭へ触れる。
優しく撫でる。
「お前は孤独なんかじゃない」
ジントの肩が震える。
「お前を待っていた人間は、ちゃんといる」
一筋の涙が、頬を伝った。
けれど、それは今まで流してきた涙とは違った。
苦しさでも。
恐怖でも。
自分を責めるものでもない。
胸の奥にあった冷たい場所へ、初めて届いた温かい涙だった。
暖炉の火が静かに揺れる。
仲間達の声が聞こえる。
セレネが静かに茶を淹れている。
パスカルは古文書を抱えて何やら考え込み、ゼストは呆れながらその様子を見ていた。
滅びた里。
失われた一族。
長い孤独。
それでもこの小さな部屋の中には、確かに今を生きる温度があった。
ジントは静かに目を閉じた。
帰る場所というものを、その胸に感じながら。
「……もう夜も遅いし、今日は泊まっていきな」
ミレイアが穏やかに言った。
その瞬間。
「えっ!? ええの!?」
ダイチが勢いよく立ち上がる。
「もちろんだよ」
「朝になったらみんな消えとったりせん!? 実は幽霊とかちゃう!?」
真顔だった。
一瞬部屋が静まる。
そして
「あっはっはっは!!」
ミレイアが珍しく声を上げて笑った。
「私らはオバケじゃないよ!」
セレネも思わず吹き出している。
壁際ではゼストが冷たい視線を向けていた。
「……失礼なやつだ」
「いやだって雰囲気がちょっと怖かったやん!!」
「それを本人の前で言うな」
ジュウタロウが呆れたようにため息を吐く。
笑い声が、小さな部屋へ広がった。
やがてセレネが立ち上がる。
「お部屋、ご案内しますね」
5人は立ち上がり、奥の廊下へ続く。
白い石造りの通路。
壁には小さな灯りが等間隔に灯されていた。
どこか静かで、優しい空気だった。
セレネが一つの扉を開く。
「こちらです」
中は簡素な部屋だった。
おそらく昔、修道士達が使っていたのだろう。
白い壁。
木製の机と椅子。
そして並べられた簡素なベッド。
華美なものは何もない。
けれど綺麗に整えられていて、どこか温かさがあった。
「普段は使っていない部屋なので、あまり手入れはされていませんが……」
セレネが申し訳なさそうに言う。
「そんなことないで!」
シュンタがすぐに笑った。
「めっちゃ落ち着く部屋や。ありがとうな!」
セレネが困ったように笑う。
「い、いえ……!」
「あ〜また始まった」
ダイチがうんざりした顔で呟く。
「すまないな」
ジュウタロウは静かにセレネに告げた。
セレネは少し慌てたように頭を下げる。
「ご、ごゆっくり……!」
そして逃げるように部屋を出て行った。
シュンタは満足そうである。
「ええ子やなぁ〜」
「お前ちょっと距離近いねん」
ダイチが呆れ顔で突っ込む。
部屋の扉が閉まる。
5人だけになると、少し静かな空気が流れた。
ジュウタロウが部屋を見回す。
五つ、等間隔に並んだベッド。
「……さて、どうするかな」
ハヤトが苦笑する。
「今日はじゃんけんって気分でもないよな」
「せや!」
突然シュンタが手を打った。
「ジンちゃんに決めてもらお!」
「えっ」
ジントが目を瞬かせる。
「お、俺が?」
ダイチも勢いよく頷いた。
「せやな! それならみんな納得するんちゃう?」
「俺は構わない」
ジュウタロウが言う。
ハヤトも笑いながら頷いた。
「ジント、頼んだ」
4人の視線が集まる。
ジントは困ったように視線を泳がせた。
「えぇと……」
ベッドを見渡しながら悩む。
しばらく考え込み。
「あっ」
小さく声を漏らした。
そして数分後。
ーーー
「……なんだか変な感じだな」
ジュウタロウがぽつりと呟いた。
「こうして寝るなんて、昔弟達と寝た時みたいだ」
ハヤトがくすりと笑う。
「ジンちゃんの隣とか嬉しいわぁ〜」
シュンタがニコニコしている。
「おい!! シュンタ変なことすんなよ!!」
ダイチがジントを庇うようににじり寄る。
「なんでやねん!」
5つのベッドは、隙間なくぴったり並べられていた。
まるで一つの大きな寝床みたいに。
その真ん中で、ジントが満足そうに笑っている。
「これなら……みんな近いから」
その言葉に、一瞬部屋が静かになる。
そして
「……ふふっ」
ハヤトが優しく笑った。
「ジントらしいな」
暖かな空気が部屋へ広がる。
やがて灯りを落とし、それぞれベッドへ入った。
最初は騒いでいたシュンタも、いつの間にか静かになっている。
ジュウタロウは本を開いたまま眠っていた。
ハヤトも穏やかな寝息を立てている。
ダイチはジントの腕をしっかり掴んだまま眠っていた。
「……」
ジントは思わず小さく笑う。
しばらくして、全員の寝息が部屋へ静かに重なり始めた頃。
ジントはそっと目を開けた。
ダイチに掴まれたままの腕を、起こさないようゆっくり解く。
静かに起き上がり、窓辺へ歩いた。
カーテンを少し開く。
夜空には、大きな満月が浮かんでいた。
白く。
静かで。
それでいて、どこまでも優しい光。
今日の満月は、これまで見てきたどの月よりも眩しく感じた。
かつては、この月を見るたび不安だった。
自分の中にあるものを思い出すから。
闇を引き寄せる自分。
いつか消えるかもしれない自分。
けれど今は違った。
この月は、自分を迎えてくれているような気がした。
ジントはそっと胸元へ手を当てる。
「……父さん、母さん」
小さく呟く。
返事はない。
けれど不思議と寂しくなかった。
「……ありがとう」
月光が、静かにジントを照らす。
その背後では大切な仲間達が眠っている。
――俺は。
この仲間達と一緒に、ずっと笑っていたい。
そんな願いを抱いてもいいのだと。
初めて、そう思えた。
帰る場所。
守りたいもの。
少しずつ見つけ始めたもの。
ジントはもう一度、満月を見上げた。
黒い瞳の中に映る月。
その光はもう、ただ恐ろしいだけのものではなかった。
その光は、どこか温かく、優しく、そしてどこまでも美しかった。
コメント
1件
みぅです🤍🥀 第27話、読み終わりました……。 ミレイアの「一人で来なかったからね」の言葉、すごく沁みました。ジントがずっと抱えてた孤独が、ようやく仲間の温かさで溶けていく感じがして。 ベッドをくっつけて並べる発想、ジントらしくて泣けました。 最後の満月の描写も、これまでの不安な月じゃなくて「優しい光」に変わってるのが本当に美しかった。 この道が、どうかジントにとって違う未来へ続きますように🌙🤍