テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
と、稚児が高下駄の踵を鳴らして床の上に降り立ち、ジロリと彼女を一瞥する。
その幼い容姿からは想像もできない程、冷たく老成した眼差しだった。
その鋭さに彼女が思わず身を竦ませた時だった。
――……下賤な化生ごときが。
唇を一切動かさないまま、稚児が彼女に話しかける。
それは空気の振動――、音としてではなく、彼女の頭の中で直接響いていた。
――よくも、我が氏子に手を出してくれたな……。あれは特に我のお気に入りだと言うに。
その口調はとても穏やかだったが、同時に底知れないほどの怒りも感じさせた。
ああ、そうか、と彼女は悟った。
歪み切った嗜虐心を満たすため、また恐怖心を煽るため、彼女はキミカの目の前でその血肉を喰らったがそれが間違いだった。
キミカは、とてもそうは見えなかいが外法の使い手らしい。
稚児が彼女と同じく、この世のものではない力が現世に現れて形を成した存在だがどうやらその元となるのはキミカの血肉であるようだ。
ということは彼女は自ら敵をその体内に取り込んでしまったことになる……。
甲高い声でギャアギャア喚きながら彼女は稚児から離れようとバタバタと足掻く。
ダメだ。この稚児はダメだ。
例え見た目が幼くても、成り立ってから数年程度しかたっていない自分などとは比べ物にならない。
今の私が化け物だとしたら、この稚児は遥かに格上。化け物の中の化け物とも呼ぶべき存在だ。
と、稚児が右手の人差し指を伸ばし天井を指した。
ポッと空気が燃える音がして、その指先に赤々とした炎が灯る。ピンポン玉サイズの、小さな火の玉だ。
それは次第に質量を増幅させてゆき――、にっこりと稚児が天使のように微笑み、冷たく告げた。
――燃えよ……。
瞬間、彼女は、彼女だけが轟々と燃え盛る炎につつまれていた。あっという間にそれは全身に広がってゆき、彼女の鱗に覆われた肌を黒々と焼き焦がしてゆく。
全身を耐えがたい激痛に苛まれながら彼女は吠える。
だが、痛みをもたらしたのは稚児に投げつけられた炎だけではない。
二つ、三つのフラッシュバックする記憶。
それは彼女がライセサマなどというふざけた異形と化す以前の人間としての記憶だった。
ああ、そうか……。
あの日、私はあいつらにあの朽ち果てたラブホテルに無理やり連れ込まれ、いいように弄ばれて……。
それから何一つ自分ではできなくなり……それに耐え兼ねて自ら命を絶った……。
どこかで赤ん坊の泣く声が聞こえる。
一緒に幸せになるはずだった赤ん坊の声が。
ごめんなさい。
本当にごめんなさい。
あなたどころか、自分さえ守れなかった弱い私で……。
その時、炎の壁の向こうから腕が二本伸び、彼女の顔を――不気味な魚から人のそれへと戻った彼女の顔をそっと両手で挟んだ。
稚児だった。
さっきとは打って変わって稚児は優しく、静かな口調で言った。
――己が為したことを悔いているのか、ならば我とともに来い。
待って、と彼女は懇願した。
私は化け物じゃない。ライセサマなんかじゃない。私は人間なの。
私の本当の名前は……。
――なに、案ずるな。我が天狗道は地獄に非ず。仏はおらぬが、鬼もおらぬ。……気安いところぞ。
稚児に微笑みかけられ、彼女は心の底から安堵していた。
そして、炎に焼かれ、すっかり乾ききった眼球をゆっくりとまぶたで閉ざす。
――己が為した罪穢れはしばし忘れて眠れ。我の内にて。
諭すように稚児はそう告げた。そして、彼女の顔をつかんだ両手に力を込め、一気に引き抜いた。
#伝奇
#モキュメンタリーホラー
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!