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#海辺の町
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その日の夕方、離れの机には湯のみと紙と鉛筆が散らばり、急ごしらえの作戦会議が始まっていた。芽生が紙の真ん中に大きく「海鳴りかるた」と書くと、義海が「急に看板っぽい」とうれしそうに笑う。
「じゃあ、役割を決めよう」
芽生が言う。
「聞き書き、文章、絵、古い資料、写真、段取り」
海花が、少し遅れて入ってきた。スケッチブックを胸に抱え、みんなの輪の端へ静かに座る。
「絵は海花さんがいい」
莉々夏がすぐに言う。
「この前の案内板の絵、やわらかかったもん」
「……じゃあ、描く」
海花は短く答えたあと、机の上の赤いリボンをちらりと見た。
「文章は啓介かな」
義海が言う。
「え、俺?」
「札の言い回し、ちょっと不器用なくらいのほうがいい気がする」
その言い方にみんなが笑う。啓介は「褒めてるのかそれ」と言い返したが、少しだけ肩の力が抜けた。
「聞き書きは莉々夏さん」
芽生が言う。
「年配の人から話を引き出すの、うまそう」
「任せて。お茶二杯で大体しゃべってくれる」
昇万は古文書担当に決まり、絋規は「写真なら任せろ」と胸を叩いた。遼征は港側のことを確認しつつ手伝うと言い、遙香は役場との間を走る役を引き受ける。
美恵は紙の端に締切日を書いた。
「で、現実の話。提出に間に合わせるなら、のんびりしてる暇ないから」
そこへ、離れの戸が勢いよく開いた。
「のんびりしてる暇がないなら、なおさら雑に始めるな」
享佑だった。門前のプリン店からそのまま来たらしく、まだ前掛けをつけている。手には差し入れの包み。顔はいつも通り真面目すぎるくらい真面目だ。
「まず何枚作る」
「仮で二十」
「仮って何だ。仮の二十枚は本番で三十枚になるぞ」
机の周りがしんとする。
享佑は紙を見下ろし、ため息をついた。
「やるなら締切を切れ。役割だけ決めて満足するな」
啓介の眉がぴくりと動く。言い方が刺さる。けれど、正しい。
芽生はその空気を一度だけ見渡し、口元に薄く笑みをのせた。
「じゃあ、今夜中に三案ずつ。文案、聞き取り先、資料の当たり先。まずはそこまで」
享佑が少しだけ目を細める。
「……それなら聞く」
急ごしらえの会議が、そこでようやく本当に動き出した。