テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
その日の午後、離れの空気はまた沈んだ。
枝央理は傷んだ床の周りを一つずつ確認し、危険な範囲を紙へ書き出していく。感情に流されない手つきが、今日はかえって残酷に見えた。
「本番の日だけ人数を減らせば……」
義海が言う。
「読む人を交代にすれば、何とか」
莉々夏も続ける。
けれど枝央理は首を振った。
「転ぶ可能性がある場所を、願いで踏ませるわけにはいかない」
誰も反論できなかった。
啓介は唇を噛む。守りたい場所なのに、守るためには人を入れられない。その矛盾が胸の奥へ重く沈んだ。
澄江は責める顔をしなかった。
それが余計につらい。
「なら、縁側でも私は読むわ」
そう言って笑おうとしたが、やはり少し寂しそうだった。
芽生は資料を抱えたまま立ち尽くしている。ここまで積み上げてきたものが、たった一枚の床板で折れてしまうのかという顔だった。
沈黙を破ったのは遼征だった。
「……曳航用の足場材なら、一時的に組めるかもしれない」
皆が一斉に顔を上げる。
遼征はすぐに手放しでは言わない。
「仕事の線は越えられない。正式な許可も、組み方の確認も要る。でも危ない床を避ける仮設なら、やりようはある」
蓮都がぱっと前へ出た。
「港の連中、何人か呼べる」
「勝手に決めるな」
「でもやるんだろ」
遼征は短く息を吐いたが、否定しなかった。
残せないかもしれない、で終わりかけた話に、別の道が一本だけ見えた。
細くても、ぐらついていても、今はそこへ足をかけるしかなかった。
#海辺の町