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side―真希―
地下鉄の長い階段、出勤ラッシュの時の日本人は、集団アンドロイドのように階段を上る
そんな人達が駆け足で地上に階段を上っていくのをよそに、一番左端で伊藤真希(27歳)は大きなおなかを左手で支え、右手は手すりを持ち、転ばないようにゆっくりと階段を上る
鞄にはマタニティーマークのキーホルダーが揺れている
あたしは心の中でつぶやく、大きなおなかを抱えているのだからコケたら大変・・・・
一歩・・・
一歩慎重に・・・
「もちますよ!」
「ええ?すいません」
ふとサラリーマン風の男性があたしの大きなショルダーバッグを持って階段を上っていった。昇り切った所で、あたしは深々と頭を下げてお礼を言う
「本当にご親切にありがとうございます」
「いえいえ・・・実はうちももうすぐでして・・」
「まぁ!それはおめでとうございます」
嬉しそうにサラリーマンが微笑むあたしもニッコリして言う
「一緒ですね!」
「今度からあそこのエレべーターを使うといいですよ」
とサラリーマンは教えてくれて去って行った、地下鉄を上がり切った場所に、巨大にそびえ立つ大型ショッピングモール
従業員出口から守衛に挨拶をして入って行く、1階の20店舗の飲食店が入っている巨大なフードコート、うちの一つの黄色いバナナが笑っている看板「クレープ王国」そこがあたしの職場だ
「おはようございます!店長!」
真希がオレンジのエプロンをかけながら店長の林に声をかける
「おはよう真希ちゃん!いつも早いわね!」
「これ・・・頂き物なんですけど夜のバイトの人達で食べてください」
そう言ってあたしは菓子折りを店長に差し出した
「まぁ!ありがとう!夜の学生のバイトちゃん達いつも真希ちゃんの差し入れとっても喜んでいるわ 」
店長が嬉しそうに真希に言う
「そんな・・・全然大したものじゃないのに・・・こちらこそ喜んでくれて嬉しいです」
あたしは照れてエへへと笑いながらレジ横の棚にメモを書いて張り付けて菓子折りを置く
(ご自由に食べてください、真希より)
「本当に真希ちゃんは気が利くわねぇ~、でも・・・あまり無理しないでね、もう7ヶ月なんでしょう?体調は大丈夫?」
「ハイ!体調はとても良いです。妊婦なのに働かせてくれてありがとうございます」
「こちらこそ!助かってるわ」
「それじゃ!あたしフルーツ切りますね!」
「ええ!お願い」
店長の林はお腹が膨らんだ真希を微笑ましく見つめながら、二人で開店準備を慌ただしくする
ほんの2か月前・・・真希が妊娠しているけど金銭的に困っているから雇って欲しいと面接に来た時は、正直妊婦を雇うかどうか林は迷った
しかし何か事情があるのだろうし、無理ならすぐに辞めるだろうと、雇ってみると実際真希はとてもよく働き、良い子なので林は大助かりだった
「それで?海上自衛隊のご主人は?今はどこの海峡を渡っているの?」
真希が苺のヘタをカットしながら言う
「ハイ・・・彼は今は、インド洋のソマリア沖の海賊対処での派遣に行ってますので次に帰って来るのは3か月後なんです」
「まぁ・・・真希ちゃん寂しいわね」
「ハイ・・・でも赤ちゃんが生まれる予定日に合わせて長期休暇をとってくれるんです。そのために今、スケジュールを調整しているんです彼・・・それはそれは赤ちゃんが生まれるのを楽しみにしてくれてるし、生まれたら育休を取って船から降りて一緒に子育てしてくれるって」
「そうなの?育休なんて私の時代はなかったわいいわね~」
「ふふふ」
林店長は言った
「赤ちゃん生まれて・・・一段落したらうちはいつでも戻ってきてくれていいのよ」
実際真希は妊婦とは思えないほど身軽でよく動いた、その度に50歳を過ぎた店長は若いっていいなぁ~と思った
「はい・・・嬉しいです」
フフフと二人は笑った
するとショッピングモールの全蛍光灯が煌々と灯り、午前10時のオープンの放送がかかった
一日の業務の開始だ。あたしもクレープ屋の看板を煌々と灯し、店長はレシートの印刷機の電源を入れ、クレープの鉄板のスイッチを入れた
あたしは今朝の事を思い出していた
朝の通勤電車の混み合った列車では、優先的にみんな自分に席を譲ってくれたあの男性
みんな妊婦にとても親切にしてくれるとても良い国だ
エレベータ―が1番ホームの端にあるのも知っている、だけどあえて使わないのは、誰かに妊娠している自分を見て欲しいから、気遣って欲しいから
現に今朝もあたしの向かいに座っている、スーツ姿のビジネスマンと目が合った時、すぐに感じた、髪をオールバックにかきあげて三十代半ばの男性、彼の視線があたしの膨らんだお腹に注がれているのがわかる
そしてその男性が視線を注いでいる場所はお腹からあたしの自慢の豊満なバストへ移った
そしてやっぱり彼は階段で自分の鞄を持ってくれた、とても嬉しかった
あたしは妊娠している自分が好きだ。お腹の中で赤ちゃんが伸びをしたり、あくびをしたり、しゃっくりをしたり蹴飛ばしたりするのが感じられる。自分はもうひとりじゃないと言う気がする
これで俊太が帰ってきてくれたら自分達は三人家族で暮らすのだ
俊太とはもう七カ月会っていないけど