テラーノベル
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白円の間を出たイザリオ王子と、並んで外回廊を歩いていたイーサム王は、一度だけ“白円の間”へと続く回廊を振り返った。だが、陽光の陰に潜む不穏な気配に気づくことはなかった。湖から吹く風がセイラン城の高塔の旗を撫で、陽光が白い石の床を斜めに染めていた。その光は、まるで王国の記憶を惜しむように二人の足元を照らしている。やがて二人は、衛兵の先導を受けて“王族の聖苑”へと足を運んだ。
――“王族の聖苑”。
そこは王都の喧騒から完全に隔絶された、静謐なる聖域だった。南方の花々が香り、水盤の波紋が柔らかく光を反射している。その最奥には、白銀の玉座がひっそりと鎮座していた。イーサム王は玉座に腰を下ろし静かに息を吐いた。天窓から差し込む光が王の背を淡く照らし、その影を水盤に映し出していた。
「玉座に座れば見えるものがある。だが、見えなくなるものもある。私はその両方にずっと苦しんできた」
言葉は重く、しかし柔らかだった。
「だがな、イザリオ。私は決して不幸ではなかった。国民の声に触れ、自然の恵みに感謝し、お前たち子らの笑顔を守れた。それだけで、王としての道を歩めたと胸を張れる」
イザリオ王子は静かに聞き入っていた。父の言葉が、ひとつひとつ胸の奥に染みていく。
「おまえには、おまえの道がある。私とは違うやり方でもいい。だが、たったひとつだけ、忘れるな」
王はゆっくりと王子の肩に手を置いた。
「王とは誰よりも先に痛みを知る者だ。民の叫びに耳を塞ぐな。自然と命に感謝せよ。時に剣を抜くことがあっても、それが最後の選択であるように心せよ。イザリオとエルファーナには、西の島で“痛み”と“希望”の両方を学んでほしい」
イザリオはまっすぐに王の目を見返し、深く頭を下げた。
「はい、父上。私はエルファーナと共に、この国の一人ひとりと向き合います。武力ではなく、心と理で。民と自然と、この国の未来を、守り抜いてみせます」
その言葉に王は静かに微笑んだ。
「もう“王”としての歩みを始めているな。頼んだぞ、イザリオ」
王の声が静寂に溶けていく。天窓からの光がわずかに揺れ、水盤の面に映る二人の影を包み込んだ。それは、父から子へ、王の心が受け継がれた瞬間だった。
イザリオは“王族の聖苑”を後にし、セイラン城内のバルコニーに立ち、夕焼けに染まる空をじっと見つめていた。そして、バルコニーの後ろで控えていた、仮想王宮から戻ってきた女官長レイチェに語りかけた。
「ラッセル大佐が……魔物に襲われて殉職されたと聞いて、正直、信じられなかった」
言葉を途中で詰まらせた、その横顔に一筋の涙が光る。夕陽を浴びたその涙は、まるで誇りと哀しみの結晶のようだった。
「小さい頃から、太刀さばきも、防御の構えも、全部ラッセルに教わったのです」
イザリオは腰に下げた鎌型の太刀にそっと手を添える。
「この太刀、ジン博士が王家の紋章を刻んでくれた。エルフ鉱石を練り込んだ特注品だ。小回りが利いて、回転技や跳躍にも強い。これを使いこなせば、僕はこの国を“護る力”を持てるはずだと思った……」
イザリオは振り返り、レイチェを真っ直ぐに見つめた。
「父上が就任式の前に、西の島へ行けとおっしゃったのは、力を試せという意味じゃないですよね」
それは問いというより、自分の中で辿り着いた答えを、確かめるための言葉だった。
レイチェは、静かに頷いた。
「はい。それは、“力の使い方”ではなく、“力を持つ者の在り方”を知るためです。そして、国を治める者は、まず“命を尊ぶ”こと。そして相手の心に寄り添い、国民一人ひとりの希望の灯となること、それが、真の“王の姿”です」
「命を前にしたとき、剣を抜く前に、何を守るのかを考えられるか、それが、王に求められる最初の試練です。命を殺める剣というのは、人々の対話と理解によっていずれは放棄しなければならないものです」
その時、そばにいたエルファーナが、そっと言葉を添えた。
「私も……
兄と父を支えられるように、自分にできることを見つけたい」
「国民の心に、少しでも寄り添えるなら、
それが私の役目だと思うのです」
レイチェの表情に、柔らかな微笑みが浮かんだ。
二人は、もう教えを受けるだけの存在ではない。王族としての“自覚”を、それぞれの胸の内で、静かに育て始めていた。
そして、レイチェは思う。目の前にいるこの二人も護りたい。それと同時に、《ヴァーチャル・ロイヤル》にいるもう一人の王子と王女の存在も。
(今、イザリオ様に打ち明ければ、必ずリヴァンに察知される。
ラッセル大佐を失った今、王族にも、もう一人のイザリオ様と
エルファーナ様にも、危害が及ぶかもしれない……)
(許されない選択だと分かっている。それでも、今は、まだ話すべき時ではない……)
レイチェの表情が、その胸に固めた決意を映すように、きゅっと引き締まった。彼女はエルファーナに聞こえぬよう、声を潜めて、イザリオに告げる。
「万が一、西の島のエルフ・バリア塔が機能不全を起こし、魔物が現れた場合は……」
「別荘の裏山を少し登った先に、滝の裏へと続く洞窟があります。緊急時には、必ず、そこへ避難してください」
その言葉には、抑えきれぬ緊張と、守ろうとする強い意志が込められていた。
「そして……もし王都が脅かされる事態になれば、どうか、陛下を、お父上をお守りください」
イザリオは、その一言、一言を受け止めるように、真剣な眼差しで、静かに頷いた。それでも、相手を気遣うように、努めて静かに笑ってみせた。
「レイチェって、本当に心配性ですね」
「……忘れましたか?この国は、“ライト・イエロー・エナジーストーン”に守られてきたのです」
「だから、僕は信じています。この国を護る力は、今も、確かに生きているって」
「天の加護があれば、大丈夫です」
その瞬間、エルファーナが二人の間にすっと割って入った。
「何をこそこそ話しているのですか? エルファーナにも教えてください」
「……秘密にしないでくださいね」
レイチェは微笑みを崩さぬまま、エルファーナに向き直り、そっと、その肩に手を置いた。
「もちろんです、エルファーナ様。大切なお話でしたから……」
「あとで、ゆっくりお話ししましょうね」
「イザリオ様。オルシオン〈王家専用移動舟〉の準備が整いました」
王室側近のバルティスが、背後から恭しく告げる。その声は、長い歴史を背負う王家の儀の始まりを告げる、静かな鐘の音のように響いた。イザリオは、ゆっくりと息を吸い込み、沈みゆく陽へと向かって、一歩を踏み出す。
「行こう。すべての真実を知るために」
その横で、エルファーナが静かに頷いた。
「ええ。お兄様となら、どこまでも行けるわ」
夕焼けの空は、これから始まる旅路を祝福するかのように、
静かに、黄金色へと染まっていた。
湖面は、夕暮れの光を受けて金色に揺れ、その中心に一艘の船が静かに浮かんでいた。
――王家専用の最新型艇〈オルシオン〉
エルフエナジーを動力とし、水上・水中・空域を連続して、航行可能な三領域統合可変艇である。流線型の船体は白金色に輝き、風をまとったように滑らかに佇む。魔導エネルギーによる推進装置がかすかに振動音を立て、船首には王家の紋章が深く刻まれていた。
デッキには柔らかな光を放つ水晶灯が灯り、風を読む魔力帆がふわりと膨らむ。
船はゆっくりと動き出す準備を整えていた。
桟橋の端にはイーサム王とレイチェの姿があった。
王衣の裾が湖風に揺れ、その瞳には深い光が宿っている。
レイチェと並び立つその姿は、父としての慈しみと、王としての誇りの両方を湛えていた。
イーサム王は静かに一歩前へ進み出た。
「イザリオ、エルファーナ……この国の風を、肌で感じてくるのだ。そして、民の声と自然の息づかいを忘れるな。それこそが、王家に流れる“真の力”だ」
イザリオは胸に手を当て深く頭を垂れる。
「はい、父上。この旅で、我が国を肌で感じ、いずれ、この身で“守れる王”になって戻って参ります」
エルファーナも小さく微笑み、瞳を潤ませながら言った。
「どうかお体を大切に……。また必ず、お会いしましょう」
王はわずかに頷き、手を振り下ろした。
「行け。お前たちの翼で未来を掴め」
イザリオとエルファーナが乗り込むと、船体は反応するように淡く輝き、乗員を迎えるように足元に光の文様が広がった。レイチェは、しばし二人の姿を目に焼きつけるように見つめていた。
「どうか……どうか。あの島で、あなたたちが“ご無事”でいられますように。そして、いつかこの国が、“本当の平和”を思い出す日が来ますように」
胸の中でそう強く祈りながら、レイチェは静かに手を振った。
白く大きな帆が風を受けて膨らみ、〈オルシオン〉は汽笛を鳴らし湖面を滑り出した。船体の側面が淡く発光し、水面に金の光の軌跡を描く。南西の断崖へ向けてオルシオンがゆっくりと進んでいく。
その根元に――王家専用の転送水路隧道《アクア・ゲート》が口を開けていた。高低差1500メートルを克服する古代エルフの空間転送技術と、現代の魔導科学が融合した王国最大の機密航路。王家の艦艇のみが通行を許されたその湖底の裂け目は、まるで世界の心臓の鼓動のように、静かに光を脈打たせていた。カルデラの外縁に続く水路の入り口で、夕陽の名残が白帆の輪郭を淡く浮かび上がらせる。イザリオは掌をコンソールに置いた。指先が淡く光り、船内の魔導計器が共鳴音を響かせる。エルフエナジーの波紋が床を這うように広がり、オルシオン全体が静かに脈動を始めた。
「転送水路、開放」
低く重い共鳴音が船体を包み、外殻が変形を始める。帆が折り畳まれ、滑らかな流線形の潜航モードへと変わっていく。船底の推進輪が静かに回転を始め、湖面が渦を巻いて割れた。水面が閉じる瞬間、オルシオンの光が一閃した。鏡のように煌めいた湖は、やがて静寂を取り戻し、ただ柔らかな波紋だけが、夕暮れの色を溶かしていた。
白い光が完全に消えるまで、イーサム王とレイチェは一歩も動かず、ただその背を見送っていた。イーサム王は低く呟いた。
「どうか無事であれ。そして、彼らが見る未来が、この国の希望であることを」
夕陽が沈みかけた湖面に、祈りのようにきらめく波紋だけが、静かに広がっていった。
水中は光のない神殿のようだった。青白い魔導灯が艦内を照らし、エルフルーンが壁面に流れる。エルファーナが静かに目を閉じ、両手を胸に当てた。
「……お父上の祈りが、ここまで届いている気がします」
イザリオは微笑み、舵輪に手を添えた。
「私たちは、この国の未来を見届ける旅が始まったんだ。父上に成長した姿をみてもらおう」
オルシオンの船体が淡く振動し、視界の先に虹色の渦が現れた。
“転送域”――空間転移の閃光が、外界を覆っていく。
次の瞬間、強い閃光が艦体を包み、世界がひとつ、息を呑んだように静止した。
――そして、浮上。
水の抵抗が消え、光が一気に船体を貫いた。
窓の外には、海軍施設の桟橋に横付けされた巨大な空母が見える。それは、海上の国境を護る〈第七艦隊〉の姿だった。
「ラッセル……」
イザリオが小さく呟く。その声は、オルシオンの駆動音に溶けて消えた。オルシオンの翼が再展開し、風の粒子をまとう。フロートの魔導刻印が淡く発光し、船底から飛翔波動が放たれた。
「上昇限界、突破」
エルフエナジーの結晶体が共鳴し、船体全体が黄金の光に包まれる。 オルシオンは海面を破りながら跳ね上がった。翼が大きく広がり、夕陽を浴びた金色の水飛沫が弧を描く。そして、オルシオンは海面を滑走し、白い光の尾を引いて空へと舞い上がった。雲を突き抜け、エルフ・バリアの七色の粒子を切り裂く。
眼下には、海辺に広がる港町。さらに、その向こう、カルデラ山脈を越え、王都リュカ街、行政区、セイラン城、王研の街並みが、一望のもとに広がっていった。イザリオは一瞬だけ、遠くの王城を見つめた。
「父上……必ず、戻ります」
オルシオンは黄金の空を大きく旋回し、その先に広がる青と緑の世界西の島〈エルフィオン〉へと飛行していった。
―― 首相府官邸 リヴァン執務室。
海軍施設から転送されてきた中継映像が、壁面のホログラムモニターに投影されていた。
そこには、夕陽を背に空へと舞い上がるオルシオンの姿が映っている。
黄金の光を纏い西の空へと消えていく、王子と王女の艶やかな軌跡。
リヴァンは深く椅子に身を預け、静かにモニターを見つめていた。
その唇がゆっくりと歪む。
「……まもなく、“喰われる舞台”が幕を開ける」
薄闇の執務室に、低く響く声だけが落ちていく。
「用意された配役、飾られた舞台、操られる役者たち――私は“影の演出家”としてレプリカ王族を踊らせ、神格の座よりこの国を裁く。イーサム家という古びた劇は……これで終わりだ」
画面の中でオルシオンの白い光が遠ざかる。リヴァンはその光を見送りながら、
指先で机上の封印鍵を軽く叩いた。金属音がひとつ、静寂を裂く。
「そして新たな舞台へ。理性の王国の幕を、私が上げよう」
その瞳の奥で、赤黒い光が静かに脈打っていた。ホログラムに、ラマズド長官からの着信通知が点滅した。
リヴァンは画面を切り替え、無言のまま応答する。
「リヴァン閣下。王立科学研究所のルーフ・カリーニより、稟議書が上がってきております。
研究予算の増額を要請しているとのことです」
「続けたまえ」
「ルーフ・カリーニ研究室で進めております『人型モンスター育成計画』は、いよいよ佳境に入ったとの報告を受けております」
「……ルーフ・カリーニか。あの娘も、なかなかの曲者だな」
リヴァンは椅子の背にもたれ、薄く笑みを浮かべた。
「人間と魔物の境界を揺るがす実験……。実に興味深い。
面白いものが見られそうだな。リモートで視察する価値はありそうだ」
「ところで、ルーフの知的財産は、すでに接収できているのかね」
「はっ。滞りなく完了しております」
ラマズドが答えると、リヴァンの口元に満足げな笑みが浮かんだ。
その時だった。
突如、ジン博士からの通信通知がホログラム上で点滅した。
「ラマズド、ジン博士からの通信だ。どうせ、またくだらん説教でも始めるのだろう。
君もビデオ通話に参加したまえ」
「承知しました」
リヴァンは通信画面をマルチ表示に切り替える。次の瞬間、ラマズドとジン博士の姿が、無数の光の粒子とともに空間へ浮かび上がった。
「これは、ジン博士。何か御用ですかな?」
その低い声に、ジン博士の表情が一瞬こわばり、すぐに平静を装った。
「リヴァン首相。御前会議では、直接話す時間がなかったものですから。先ずは、ギル・グラギラスに襲われたことに、お見舞い申し上げます。ですが、再度口を酸っぱくして言いますが、私が以前から警告していた通りです。エルフエナジー照射モンスター高度知能化育成計画は、直ちに見直すべき段階に来ているのではありませんか?」
リヴァンは、わずかに目を細めた。
「またか……」
ラマズドが控えめに口を開く。
「博士のご懸念は理解しております。ですが、これは……」
「いや、よい」
リヴァンが制し、わずかに口元を緩めた。
「ご忠言、ありがたく受け取ろう。私は陛下から、“民の声を真摯に聴け”と諭されたばかりだ。
己の慢心を省みる、よい機会となった。博士、これまでの無礼、どうか寛大にお許し願いたい」
ジン博士はその弁明に応じず、ただリヴァンを静かに見据えた。その眼差しには、
科学者としての警告と、創設者としての責任が宿っていた。リヴァンは柔らかな声で応じる。
「私は陛下と共に特別研究区へ視察をするが、一般研究区の現状も自らの目で確かめたい。
現場の声を聴き、今後の政策に生かす。特に、生物生態研究棟のルーフ研究員と面会し、
視察と重要な伝達事項がある。面会の許可をお願いしたい」
その誠実な言葉に、ジン博士は一瞬だけ昔の面影を見出し、わずかに頷いた。
「よかろう。自由に視察し、現場の声を聞くがよい。そして、特別研究区への視察は私も同行したい」
ラマズドがやんわりと制止する。
「博士のお気持ちは重々承知しております。ですが特研区の研究は、ルーフ研究員のテーマとほぼ同一です。彼女は本来、我が特別ゲノム工学育成機関に配属予定でしたが、彼女の強い希望により貴研究棟で間借り研究を続けているのです」
ラマズドは穏やかに言葉を続けた。
「彼女の研究は生命創造の最先端。もはや芸術の域です。我々はそれを受け継ぎ、“人の心に寄り添う人型モンスター”として昇華させる。それが、リヴァン首相の掲げる“家政モンスター計画”。
もちろん、リスクは承知しております。そのため特研区では、最先端の管理体制と倫理委員会を整備しております」
ラマズドは、わずかに視線を外し静かに付け加えた。
「確かに、生育過程で響く呻き声は不快かもしれません。ですがそれは、生育の過程における不可避な副産物です。あなたも、その点は理解されているはず」
「いや、ルーフの研究室では、一度も“咆哮”など聞こえたことはないが……」
ジン博士は誰にも聞こえぬほどの声で呟いた。ラマズドはわずかに目を細め、穏やかに微笑えみ
言葉を紡いだ。
「王研が不協和音に満ちているのは否定しません。ですがいずれ、この“音”は調和し、美しい生命科学の交響曲となる。生命科学とは、ただ命を扱う技術ではない。人の“意識”が未来を決めるのです。王研を再び、“希望の場”とするための第一歩です」
「……そうか」 ジン博士は静かに頷き、わずかに笑った。
「ならば、願わくは、希望の名の下に“心”を踏みにじることがないように」
「もちろんです、博士」
「それと、博士。あなたの時空間研究について、予算の増額を決定しました。正式な通知は追って届けます。どうか、我が国の科学技術をさらに発展させてください」
リヴァンの唇が、わずかに吊り上がった。その笑みは礼儀正しくも、どこか冷たい鋭さを帯びていた。ジン博士は、わずかに目を細めた。
(恩賞か……それとも、監視なのか)
「では、また後日、国王陛下と共に視察に参ります。ご対応をよろしくお願いします」
リヴァンが丁寧に頭を下げ、通信を切った。
静寂が執務室に戻る。リヴァンはしばらく無言のまま、ホログラムに映っていたジン博士の姿が消えた空間を見つめていた。
「“心を踏みにじることがないように”、か」
その言葉を反芻するように呟き、ゆっくりと椅子に身を預ける。窓の向こう、湖を隔てた対岸には、夜霧の帳の中に王立科学アカデミー《王研》の塔が霞んでいた。灯火は点のように小さく、しかし確かに瞬いている。まるで神経の末端が微弱な電流を伝えるように、その光は静かに脈動していた。
官邸のある丘陵地からは、湖面に映る塔の影が、細く歪んで見える。その揺らぎを見つめながら、リヴァンの瞳の奥にも、赤黒い光が微かに明滅していた。
「希望の名の下に、心を踏みにじる。それでこそ、人は神に近づけるのだ」
リヴァンは薄く笑い、通信端末を閉じた。同時に、デスクのモニターが自動的に別の映像へと切り替わる。
王研地下層の監視映像――
幾重もの隔壁の奥で、白衣の研究員たちが慌ただしく動き回っていた。中央のホログラムには、青い光の中で眠る人型の影。リヴァンの唇が静かに動く。
「さあ……お前たちの“進化”を見せてみろ」
一方その頃。
ジン博士は椅子を回転させ、ふっと息を吐いた。吹き抜けの窓越しに、地下19階から地下20階のルーフ研究棟を見下ろす。
「少し、夜風でも当たってくるか……」
白衣の裾を翻し、博士は静かに地上階へと向かった。
コメント
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星崎さん、第38話拝読しました。 イーサム王からイザリオへの“王の心”の継承、本当に美しいシーンでした。特に「王とは誰よりも先に痛みを知る者だ」という台詞が心に残っています。一方でリヴァン首相の「影の演出家」という台詞には背筋が冷えました……あの不気味な赤黒い光、ジン博士への恩賞も罠のように思えてなりません。希望と不安が交錯する、素晴らしいエピソードでした🌷
#オリキャラ
須古星 れい
512
#恋愛
ばたっちゅ
20,045
桜城
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