夕方六時に涼平が迎えに来ると言っていたので、詩帆は支度をしてからアパート外で待った。
菊田の店は近いので、自転車で行くのだろうと思っていた。
すると涼平は車でやって来た。
「あれ? 自転車じゃないの?」
「うん。車で行って食後にまた少しドライブしよう」
涼平の言葉に詩帆の目が輝く。
涼平にドライブに連れて行ってもらうようになってから、詩帆は海沿いのドライブがすっかりお気に入りになっていた。
それから二人は菊田の店へ向かった。
菊田の店に到着すると、駐車場はまだ空いていた。
一番端に車を停めると、二人は車から下りて店へ入って行った。
ドアのベルがカランコロンと響くと共に、奥にいた菊田が出て来た。
二人を見た途端笑顔になり、
「よぉ、お二人さん、いらっしゃい」
と迎えてくれた。
「今日は優子さんは?」
「うん、今日は知り合いのジャズの演奏を聴きに行ってるよ」
菊田そう答えた後、今度は詩帆に向かって言った。
「詩帆ちゃん、美術教師の件を引き受けてくれてありがとうね。助かったって優子も喜んでいたよ」
「いえ、こちらこそ。やりがいのあるお仕事をご紹介していただき感謝しています」
詩帆の言葉に菊田は嬉しそうな笑顔を見せてから、二人を奥の窓際の席へ案内した。
「今日はしらす丼定食にしようっと」
詩帆の言葉に涼平も言った。
「俺もまたそれにしよう」
「また?」
「俺は頑固なんだよ」
涼平は微笑みながら、オーダーを聞きに来たバイトの男性にしらす丼定食を二つ注文した。
「来週からいよいよスクールでの仕事が始まるんだね」
「うん、ちょっと緊張してきた。でも楽しみでもあるかな。この前学校に見学に行ったでしょう? みんなとってもいい子ばかりだったの」
それから詩帆は、自分で立てた授業計画を涼平に説明し始める。
既存の授業の枠にとらわれずに、パソコンを使った画像編集やイラストの製作、漫画や写真等、色々な分野のアートを取り入れて個々に選択させる形式にしてみたいと話した。
すると涼平は大賛成してくれた。自分が興味がある事なら積極的に関わるだろうしやる気にも繋がる。
そこから将来の目標が見つかるかもしれないので是非やってみるべきだと詩帆に言った。
子供の知識は大人よりもずっと少ないし、視野も狭い。
だから詩帆がアドバイスしてやる事によって、様々な道を模索出来るのではとも言ってくれた。
写真の実習については、涼平の友人にプロの山岳写真家がいるので必要があれば講師を頼んでくれるとも言った。
詩帆は涼平が自分の授業計画に賛成してくれたのでかなり自信に繋がった。
相談してみて良かったと心から思った。
話が一段落したところに料理が運ばれて来たので、二人は楽しい食事のひと時を過ごした。
そして食後のコーヒーを飲んでいると、菊田が二人のテーブルまで来て言った。
「涼平、加納から聞いたんだけどさ、下田の海に関してなんか言ってたんだって? エメラルドグリーンの海を探しているとかなんとか?」
いきなり菊田が言ったので涼平はコーヒーを吹きそうになった。
詩帆にまだ何も話していなかったのでかなり焦った。
「下田の海は確かにエメラルドグリーンだが、湘南の海もエメラルドグリーンになった事があるって知ってるか?」
菊田の言葉に涼平は驚く。
横で聞いていた詩帆も興味津々のようだ。
「えっ? ここで? 湘南で?」
「うん。1990年代に狭い範囲でちょこちょこ起こっていたんだが、ここ最近では2020年だったかな? その時は、相模湾一帯がエメラルドグリーンに染まったんだ。なんか植物プランクトンが大発生する『白潮』っていう現象が影響しているんだってさ。あの時は俺も見に行ったけれど、湘南の海がまるで沖縄の海みたいな色になっていておったまげたよ」
菊田はそう言って笑った。
詩帆は驚いて思わず聞く。
「湘南の海がエメラルドグリーンに?」
「うん、そうなんだ。確かお客さんが撮って持って来てくれた写真があったな…ちょっと待ってて」
菊田はそう言って店の奥へ向かった。
それから数分して戻ってくると、二枚の写真を二人に見せた。
写真には、エメラルドグリーンの海が写っていた。
砂浜の向こうに広がる辻堂の海は、全体がエメラルドグリーンよりももう少し青みがかった色をしていた。
その色はまさに詩帆が好きなセルリアンブルー色だった。
「すごく綺麗!」
「ほんと、すごいな!」
二人は驚いている。
その後菊田がその時の状況を詳しく説明してくれたので、二人は興味深く聞いた。
話を終えると、二人は店を出る事にする。
「とても美味しかったです」
「詩帆ちゃんまた来てね」
「じゃあ菊田さんまた!」
挨拶を終えると菊田はニコニコしながら二人を見送った。
涼平は車に向かいながら言った。
「湘南の海があんな色に染まるなんてびっくりだな」
「うん。なんか魔法みたい。またいつかあんな色に染まる時が来るのかなぁ?」
「うん、あるかもしれないけれど、それがいつか予測出来ないのはもどかしいね」
涼平はそう言って微笑んだ。
「じゃあちょこっとドライブでもしますか!」
「はーい」
それから二人が乗った車は国道へ向かって走り始めた。
夕方昇ってきた満月は、先ほどよりも少し高度を上げて暗い夜空に浮かんでいた。
コメント
1件
下田の海🌊を見に行くのに🏕️を計画中の最中に湘南の海🌊が詩帆ちゃんが見たいセルリアンブルーの海に変わる時がすぐあればいいけど、そのタイミングは自然のなせる技でわからないとは😥💧 でも菊田さんの情報量がすごい👍😊✨ まずは下田の海🌊を見てからだね🥰🎶 そしてこれから海辺のドライブは何処まで〜🚗❣️