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美宇を見送った朔也は、駐車場へ戻り、今来た道を引き返した。
なぜか心に空虚感が広がっていた。
こんな気持ちは初めてだった。
都会暮らしを嫌い、生まれ故郷に戻って父の工房を継いだ。
この街は大好きな場所だ。
しかし今は、長く馴染んだ故郷が物足りなく感じる。
それは、美宇がいなくなったからだと、朔也はすぐに気づいた。
(そうか……僕は彼女を必要としているのか……)
うすうす分かってはいたが、美宇を見送ってからその気持ちがはっきりした。
本当ならすぐにでも伝えたい。
だが朔也は、美宇がこの街に来た理由に何か大切な意味があるように感じていた。
それが何かは分からないが、彼女にとって重要なことかもしれない。
もしかすると、美宇は東京で誰かに会うのかもしれない……。
恋人か、想い人か。
いろいろな可能性が思い浮かぶ。
しかし、美宇は工房のスタッフだ。告白して今の良い関係が壊れるのも怖かった。
だから、気持ちを伝えるのをためらっていた。
しばらく美宇に会えないことを残念に思いながら、朔也はアクセルを踏み込んだ。
斜里へ戻った朔也は、自宅に帰る前に蓮の店へ立ち寄った。
しかし、店には『close』の札が掛かっていた。
(そっか……蓮たちも帰省してるんだったな)
深いため息をついた朔也は、仕方なく年末年始の食料を買うために街のスーパーへ向かった。
その頃、美宇は飛行機の窓際の席に座り、北海道の街を見下ろしていた。
天気は快晴で、羽田空港までは問題なく飛べそうだ。
やがて雲が広がり街が見えなくなると、美宇は小さくため息をつき、視線を前へ戻す。
久しぶりに東京へ帰れるというのに、心はまったく浮き立たない。
それどころか、今すぐ引き返したい衝動に駆られる。
(青野さんから離れるだけで、こんなに不安になるなんて……毎日一緒にいたときには気づかなかった)
美宇はそう感じながら、そっと目を閉じた。
軽く仮眠を取って目を覚ますと、飛行機は羽田空港へ着陸しようとしていた。
美宇は荷物をまとめて降りる準備を始める。
やがて、飛行機は羽田空港に無事着陸した。
空港を出た美宇は、キャリーバッグを持ってモノレール乗り場へ向かった。
モノレールを待っているとき、ふと今井香織のことを思い出す。
(香織さんは、どの辺りで通り魔に遭ったんだろう?)
事件について調べようと思えばできたのに、美宇はこれまで避けていた。
生々しい記事を見たら、きっと泣いてしまうと思ったからだ。
ほんの一瞬でも会話を交わした相手……人生の転機となる日に出会った香織のことを、美宇は今でも鮮明に覚えていた。
だから今日まで、事件の真相を調べることができなかった。
しかし、このときだけは、なぜかネットで検索してみようと思った。
モノレールが到着し、窓際の席に座ると、美宇はすぐに事件についてを検索した。
すると、こんな内容が出てきた。
【通り魔は35歳、無職の男性。世の中の理不尽さに耐えきれず、自暴自棄になり事件を起こしたと証言している】
(10年前に35歳ということは、ちょうど氷河期世代? 青野さんや香織さんより年上の人だったんだ)
次の記事にはホームの血だまりが写っていたので、美宇は思わず目を背けた。
しかし勇気を出して、もう一度記事を読む。
記事に夢中になっているうちに、駅に到着した。
降りた場所は、香織が刺された現場からはかなり離れていたので、美宇は北海道へ戻るときに寄ることにする。
久しぶりに実家へ戻ると、両親が笑顔で出迎えてくれた。
「おう、美宇、元気そうだな」
「お帰りなさい。向こうは寒かったでしょう?」
「ただいま! あ~、もうお腹ペコペコ!」
「ふふふ、この子ったら。ご飯できてるから、少し早いけど夕食にしましょう。手を洗ってらっしゃい」
「はーい」
美宇は、まるで子供に戻ったように素直に洗面所へ向かった。
その夜は、母親手作りの料理を堪能しながら、久しぶりに親子水入らずで会話に花を咲かせた。
「へぇ……美宇がコンテストに?」
「そう。ダメもとで出してみようかなって」
「その、雇い主の陶芸家……なんていったかな」
「青野さん?」
「そう、その青野さんって陶芸家、父さんの取引先の人が知ってたよ。天才陶芸家と言われているらしいな。たまに東京でも個展を開くんだって? それを聞いて父さん驚いたよ」
「まあ、そんなに有名な方なの?」
話を聞いた母は、目を見開いて驚いた。
「そうよ。青野さんは、とっても素晴らしい作品を作る人なの。それに、人としても尊敬できるんだ」
誇らしげに語る娘を見て、母は何かを感じ取ったようだ。
彼女は美宇にこう尋ねた。
「青野さんって、結婚してるの?」
「え? お母さん、どうしたの? 急に……」
「たしか歳は40って言ってたわよね。だから、ご結婚されてるのかなって思って」
娘の雇い主のことを気にするのは、母親として当然かもしれない。
そう思った美宇は、素直に答えた。
「ううん、まだ独身だよ」
「そうなのか? 父さんが聞いた話では、かなりのイケメンらしいが、まだ独身なのか……」
「やだ、お父さん。あんな北の果てにいたら出会いなんてあるわけないじゃない」
「そうか? でも著名人なんだから、仕事を通じていくらでも出会いはあるだろう?」
「うーん……でも今は作品作りに忙しくて、そんな暇はないんじゃないかな」
「ハァーッ! 才能ある芸術家は、高尚すぎて俺みたいに平凡な毎日を過ごしてるわけじゃないんだなあ」
「あなたっ! 何をバカなこと言ってるの!」
そこで、親子三人の笑い声が響いた。
「それより、お兄ちゃんはいつ帰るの?」
「大晦日になるって言ってたな」
「え? いつもはもう少し早く来るのに?」
「それがねえ、お兄ちゃん、いい人ができたみたいなの」
「えっ? そうなの?」
「うん。もしかしたら連れてくるかも!」
「わぁ……楽しみ! じゃあ賑やかなお正月になるね」
両親と楽しい会話を続ける一方で、美宇の心には、工房で一人静かに過ごす朔也の姿が思い浮かんでいた。
コメント
16件
二人とも相手を思う気持ちが切ない😢 朔也様も40になると恋愛にも慎重になるよね そこを乗り越えて伝えないと❣️美宇ちゃん帰ってきたらありのままの気持ち伝えて欲しい🙏 美宇ちゃんも年末にお兄さんと彼女さんを見ていたら一人斜里町にいる朔也様が心配で会いたくて年明け早々に戻る…東京バナナンを持って❣️ってならないかな?
離れてわかるお互いの存在価値…そして美宇ちゃんのお兄さんは彼女を連れてくる予感、なのも美宇ちゃんには朔也さんのことを考えると切ない😔 美宇ちゃん、帰省は早めに切り上げて朔也さんの元に飛んでいくのもアリだよ🦅
離れてみてわかる事がありますよね😊 休み明けにお互い素直になれたらいいのになぁ💓💓💓