翌日から優羽の山荘での仕事が始まる。
この日優羽は朝、流星を保育園に送った後早速フロント業務を開始した。
この日はチェックアウトの客が四組いたので、優羽は紗子にレジの使い方や伝票の処理の仕方などを一通り教わる。
一度説明を受けただけで、優羽はチェックアウトの流れをすぐに覚えた。
レジの使い方には慣れていたので全く問題はなかった。
登山客がチェックアウトを済ませた頃、掃除担当の通いのパートが出勤してくる。
繁忙期には三人全員出勤するが、あまり混んでいない時期には二名出勤の日が多いらしい。
この日の担当は年配の田中と優羽と同年代の中山舞子だ。
二人はフロントにいる優羽に向かって「頑張って!」と声をかけてくれた。
フロント業務が落ち着くと、優羽は時折入る予約の電話の応対と、ネットからの予約をチェックし記録していく。
その合間には、フロント横の土産物コーナーの在庫をチェックしたり、商品を整えたり、
その他にもフロント周りの片付けをしたりと小まめに動き回る。
こうしてフロア内を整えていると、アパレルで働いていた時の事を思い出す。
優羽はディスプレイを整えたり、次にどんな土産物を仕入れようかと考える事が好きだったので、
楽しみながらその作業を続けた。
フロントでの作業が一段落すると、優羽は今度はカフェへ移動した。
そしてカフェオープンの時間に合わせて準備を始める。
業務用の少し大きいコーヒーメーカーは、昔カフェでバイトをした時とまったく同じ物だったので使い慣れている。
優羽はカフェ内とウッドデッキ部分のテーブルを一通り拭いて椅子の配置を整えてから、
カフェオープンの時刻が迫っていたので、コーヒーのドリップを開始しtあ。
紗子の話によると、ケーキやパンなどの軽食は信濃大町の店に外注しているらしい。
だからもうすぐ届く予定だ。
ふと窓の外を見ると、ウッドデッキのすぐ傍の木に設置されたバードフィーダーに、
見た事のない野鳥が飛んで来た。
その愛らしい様子に、思わず優羽は目を細める。
時計を見るとオープンの時間になったので、優羽はカフェのドアにかかっている
『close』の札を『open』へと変えた。
それと同時に一人の客が入って来た。
「いらっしゃいませ」
優羽は客の顔を見て驚く。
その客は岳大だった。
「あれ? またちょっと早かったかな?」
「いえ、大丈夫ですよ。どうぞお好きな席へ」
「ありがとう」
岳大は笑顔で言うと、窓際の席へ腰を下ろした。
「何になさいますか?」
「ブレンドをお願いします」
「かしこまりました」
優羽はすぐにカウンターの中へ戻ると、コーヒーの準備を始めた。
岳大はテーブルでノートパソコンを広げている。
そして何やら軽快にキーボードを叩き始めた。何かの文章を書いているようだ。
優羽は一体何を書いているのだろう? と少し興味を覚えたが、そのまま準備を続ける。
そしてすぐにコーヒーをトレーに載せると、岳大のテーブルへ運んだ。
「お待たせ致しました」
優羽がコーヒーをテーブルに置く時、一瞬パソコンの画面が目に入った。
そこには美しい立山の写真が映っていた。
その写真は見事だった。
同じ構図なのに、昨日優羽が携帯で撮影したものとは雲泥の差だ。
そこでつい優羽は聞いてしまう。
「これって、昨日撮られたお写真ですか?」
「そうですよ。昨日お二人にお会いする一時間前くらいだったかな?」
「凄い! やっぱりプロの方が撮ると全然違います!」
優羽は少し興奮気味に言った。
「ありがとうございます。でもね、僕は元々登山家なので、写真はあまり上手じゃないんですよ」
岳大は謙遜する。
そして今書いているコラムは、アウトドアショップのホームページに近々掲載される予定だと教えてくれたので、
優羽はどこのホームページかを聞いた。
すると岳大はそのサイトを表示させ優羽に教えてくれた。
「載ったら是非読ませていただきます」
優羽は笑顔で言いながら、急にハッとある事を思い出した。
そして岳大に聞いてみる。
「みくりが池と立山を写した鉄道会社のポスターを以前新宿で見掛けたのですが、あれももしかして佐伯さんのお写真ですか?」
それを聞いた岳大は嬉しそうに言った。
「見てくれましたか! あれは私が二年前に撮ったものなんですよ。だから立山はあの時以来なんです」
岳大は目尻に皺を寄せて笑いながら言う。
「やっぱり! とっても素敵なお写真で感動しました」
「ありがとう! そう言ってもらえて嬉しいです」
そこでまた優羽はハッとする。
自分は従業員なのに、お客様の仕事の邪魔をしている事に気付いたからだ。
「すみません。すっかりお仕事のお邪魔をしてしまって…」
「いえ、構いませんよ。この仕事はそんなに急ぎじゃないんで」
優羽は岳大に「ごゆっくり」と言うと、すぐにカウンター内へ戻った。
その時、外注していた食べ物が届いたので優羽はそれを受け取ると商品の陳列を始める。
ケーキ類は小さな冷蔵のケースに収め、パン類はかごの中へと入れていった。
他に客は来ないようだったので、優羽はフロントへ戻った。
するとちょうど予約の電話が入ったのですぐに電話応対を始めた。
こうして、優羽の仕事の初日は順調に過ぎていった。
コメント
4件
スーッと入ってお互い話が出来るってやはり2人は運命の人だよね。
優羽チャンの今までの経験が全て活かされとるね😆👍✨少しずつお互いを知って距離も縮まりますように🙏🏻(私の願い✨)
何気ない会話からその人となりがわかるよね😊 流星くん早く帰って来ないかな🎵 「さんたさんのでし」とたくさんお話して欲しいな。