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第十二章 ラディスへの帰還
第八話 青を映す月
冷たい夜風が熱くなった頬から少しずつ熱を奪っていく。
けれど、いくら風に当たっても胸の奥の熱だけは消えなかった。
屋敷へ着いた頃には、身体はすっかり冷え切っていた。
「お帰りなさいませ、ダイチ坊っちゃま」
玄関で迎えたレオンの声もどこか遠く聞こえる。
「……ただいま」
レオンは少しだけ目を細めたが、何も言わず穏やかに頭を下げる。
ダイチはそのまま逃げるように階段を上がった。
部屋の扉を閉める。
そして
「……っはぁ〜〜〜!!」
ぼすっと勢いよくベッドへ倒れ込んだ。
シーツに顔を埋める。
その瞬間、蘇る。
腰へ回された腕。
背中越しに伝わった体温。
耳元へ落ちた、小さな声。
――ありがと。
そして、突然の抱擁。
「……うわぁぁぁっ!! 無理やっ!!」
頭を抱え、勢いよくベッドの上を転がる。
冷えたはずの身体は、再び熱を持っていた。
耳まで熱い。
「なんなんアレ……っ!」
ばたりと仰向けになる。
天井を見つめる。
鼓動がうるさい。
「アレ……なんなん……?」
掠れた声が漏れる。
あの時のジントの顔。
真っ赤になった頬。
潤んだ黒い瞳。
触れた腕の震え。
全部。
何度思い返しても、胸の奥が強く締め付けられる。
「……そういうこと……?」
思わず呟く。
口にした瞬間。
期待してしまった自分に気付く。
いやもし違ったら。
深い意味はないのかもしれない。
そう思うのに。
胸の奥では、もう、分かっていた。
「……あかんやろ……」
ダイチは両手で顔を覆う。
「こんなん……」
今までずっと隣にいた。
大切だった。
守りたかった。
笑っていてほしかった。
でもそれだけじゃ。
もう足りない。
「俺……」
ぽつりと零す。
「どうしたらええねん…」
真っ赤になったジント。
腕の感触。
柔らかな声。
全部。
全部、欲しくなってしまう。
「……あかんって……!」
ふと自分の貪欲な感情に気付き、ダイチはそれを振り払うように勢いよく起き上がった。
その時。
――コンコン。
ノックと同時に。
ガチャッ。
「ちょっ、姉ちゃん!!」
慌てて振り返る。
「いきなり入ってこんといてや!」
アズールはそんな弟を見て、すぐに何かを察した顔で笑った。
「……ふーん」
「何やねん……」
「いや?」
にやにやしながら近付く。
「さっき帰ってきた時、すごい顔してたから」
そのままベッドへ腰掛けた。
「で?」
目を輝かせ、身を乗り出す。
「何があったの?」
「い、言うかぁ!!」
顔を真っ赤にして叫ぶ。
アズールは楽しそうに笑った。
「ちゃんと応援するのに」
「もうええから出てけ!!」
ダイチは姉の背中を押し、そのまま部屋の外へ追い出した。
「え〜! ケチ〜!」
扉の向こうから声が響く。
「はぁぁ……」
ダイチは力が抜けたようにベッドへ座り込んだ。
「今夜……寝れるかなぁ……」
ふと、カーテンが開いたままの窓へ目を向ける。
差し込む月明かりが照らすもの。
机の上に、出しっぱなしの古い紙。
子供の頃に描いた地図。
『ひみつきち』
昔の自分たちは、ただ一緒にいられる場所を作りたかっただけだった。
何も知らず。
何も考えず。
ただ、隣にいることが当たり前だった。
「…………」
ダイチは静かに目を細める。
そしてふと思う。
自分にとって本当の帰る場所は、いつからこの小さな紙の上ではなくなったのだろう。
窓の外にぼんやりと浮かぶ銀色の月は、いまだ治まる気配のない熱と鼓動を、そのまま優しく包み込んでくれるような気がした。
◇
一方薬屋では。
閉めた扉へ背を預けたまま、ジントはしばらく動けずにいた。
「……俺、今……何した……?」
心臓が激しく鳴っている。
全然落ち着かない。
ダイチ、どんな顔してたっけ……。
驚いてた……よね……。
「……はぁ……」
ジントは小さく息を吐く。
なんで、あんなことしちゃったんだろ……。
自分でもわからない。
すると店の奥から声が聞こえた。
「ジント、帰ったのかい?」
「……っ」
慌てて表情を戻す。
「う、うん」
少し上ずった声。
「今帰ったよ」
祖母の淹れてくれた温かいお茶を飲みながら、ジントはソルト家での出来事を話した。
冷えた指先が少しずつ温まっていく。
祖母は嬉しそうに頷いていた。
「しばらくこっちにいるんだろう?」
「うん」
「今日は疲れただろうし、ゆっくり休みな」
そう言って、幼い頃と同じように優しく頭を撫でてくれる。
「おやすみ、ジント」
「うん、おやすみ……」
二階へ上がる。
扉を開ける。
そこには、二年前と変わらない部屋があった。
本棚。
木の机。
小さなベッド。
窓から差し込む月明かり。
懐かしい空気。
その瞬間、ふと蘇る。
二年前の夜。
満月の日。
暴走した力。
怖かった。
苦しかった。
自分が自分でなくなるような、壊れそうな感覚だった。
そんな時、部屋へ来てくれた。
名前を呼んでくれた。
――俺がおる。
そして、抱き締めてくれた。
あの温もり。
「………!」
ジントはその場へしゃがみ込む。
顔が熱い。
そして再び蘇る、別れ際。
見つめ合った時の、優しいのに、どこか苦しそうな瞳。
抱き締めた時の体温。
伝わる鼓動。
逞しい身体。
お日様みたいな落ち着く匂い。
全部が、 ジントの頭と心を埋め尽くしていく。
幼い頃からいつも傍にいてくれた。
自分が月蝕の子だって、いつか消える存在だって知った時も、変わらずにいてくれた。
何度も、何度も。
自分を命がけで守ってくれた。
これまで当たり前のように掛けてくれた言葉が。
向けられた視線が。
触れられた身体が。
突然、違う意味を持ち始める。
「……俺、どうしちゃったんだろ……」
胸が苦しい。
怖い。
でも。
嫌じゃない。
離したくない。
失いたくない。
そんな気持ちが、初めて自分の中にあることに戸惑う。
「……ダイチは……どう思ってるんだろ……」
ジントはゆっくり立ち上がった。
窓辺へ近付く。
そして、いつものように月を見上げる。
けれどその瞳が映すものは、優しく微笑むような銀色の月ではなく、
青く澄んだ、美しいサファイアのような瞳だけだった。
第一章から読んでくださったあなたに、辿り着いて欲しかった回です。
ここまでお付き合い下さりありがとうございます(´;ω;`)
コメント
11件

1章からずっと見させていただいていました……!まじで最高すぎます😭😭😭
いつでもどんな時でもジントの横にはダイチが居るその関係が大好きです! 力が暴走したあの日ダイチが「俺がおる」そう言ってくれたからありのままのジントがいるのかなぁと思うと考え深いですね🥹💛💙 この2人を見てるときゅんきゅんしちゃいますね///
大号泣ーー😭!! やっと最初から見守ってる身からしたら、ふたりがここまで辿り着いたことに拍手です👏 最初の頃は友情心のところもあったでしょうけど、いつしか当たり前で、それから恋とかもはや愛です♡♡