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翌朝、華子が目覚めると、隣に陸はいなかった。

時計の針は、朝の六時を指している。


(一度も起きずにぐっすり眠っちゃったわ…隣にアイツがいても意外と眠れるもんね…)


普段華子は、どちらかと言うと不眠症気味だった。

重森と別れた頃から度々眠れない日が続き、睡眠導入剤を処方してもらった。

それ以降、眠れない夜は薬に世話になっている。


しかし、昨夜は何も飲まずに寝たのに朝までぐっすりだ。こんな事は珍しい。


(相当疲れていたのかしら? やっぱり労働すると睡眠を欲するのね)


そう思いながら華子はフフッと笑う。


そして、ベッドの上を窓際まで移動するとナイトテーブにあった本を手に取る。

昨夜陸が読んでいた本だ。華子はそれをパラパラとめくった。



『随分難しそうな本を読むのね…ただの筋肉マッチョかと思っていたのに』


華子はそう思いながら本を元の位置に戻した。


それから大きく伸びをした後バスルームへ向かった。


途中リビングをチラッと覗いたが陸の気配はない。


「どこへ行ったんだろう…」


華子は不思議に思いながらシャワーを浴びに行った。


華子がシャワーを終えて廊下に出た時、陸が玄関から入って来た。


「おはよう」

「どこへ行ってたの?」

「毎朝恒例のランニングだ。ついでに、角のパン屋でパンを買って来たぞ」

「焼きたて? いい匂いがするー」


華子は急にご機嫌になる。


「俺もシャワーを浴びるからコーヒーを入れておいてくれるか?」

「うん、わかった」

「使い方は分かるよな?」

「うん、大丈夫」


華子はパン屋の紙袋を受け取ると、キッチンへ向かった。


早速パンの袋の中を覗いてみると、焼き立ての美味しそうな総菜パンが入っていた。


(美味しそう!


華子はルンルンしながら、コーヒーメーカーに水とコーヒー豆をセットする。

そしてすぐにスイッチを入れた。


コーヒーの準備が終わった華子は、何気なく冷蔵庫を覗いてみる。

すると、野菜室にリーフレタスやトマトなど、そろそろ使い切った方がいいような野菜がいくつか残っていた。


「サラダも作ろうかなぁ…最近生野菜が不足気味だし… 」


華子は早速野菜類を洗い、手際よく切って皿に盛り付ける。

人参や黄色いパプリカもあったので、細く切って彩りに添える。

ドレッシングは市販のものは使わずに、オリーブオイルに塩コショウ、それにレモン汁を加え、隠し味にほんの少し砂糖を入れる。

これで、さっぱりしたイタリアカプリ風ドレッシングの完成だ。


(これでよしっと!)


華子はテーブルにパンとサラダとドレッシングを運ぶ。

そして、マグカップを用意し、陸が来たらすぐに食べられるよう準備した。


(なんかこういうのって久しぶりだわ…一人じゃないと料理をする機会も増えるのかな?)


華子が誰かの為に料理をするのは、久しぶりだった。


(まあお世話になっている分、たまにはしますか)


コーヒーのドリップが終わったので、華子はまたカウンターの中へ戻る。

その時、陸が戻って来たので華子はコーヒーをカップに注いだ。


テーブルに綺麗に並んだ朝食を見て、陸は「おっ?」という顔をした。


「サラダも作ってくれたのか?」

「うん、生野菜が食べたくって」

「美味しそうだな…食欲をそそる色合いだ。料理出来るんだな」

「うん。小さい頃は祖母に厳しく育てられたから一通りの事は出来るわ」


陸はそれを聞いて、「えっ?」という顔をした。

華子が家族の事を話したのは初めてだったからだ。


「おばあさんと二人暮らしだったのか?」

「ううん、祖父も母もいたわ。あっ、うちは父はいないのよ」

「いないって?」

「私がまだ小さい頃、父が家を出ていったから母子家庭なの。ただ、祖父母がいる母の実家で育ったから、二人きりじゃないけれどね」

「そうか…」


そこで陸が席についたので、華子はコーヒーを持って行き自分も椅子に座る。


「ご家族はご健在なのか?」

「ええ、祖父も祖母も元気にしているみたい。母とは連絡は取っていないけれど多分元気だと思うわ…」


それを聞いた陸は、華子が実家に帰りたがらないのは、おそらく母親が原因ではないかと思った。


それから二人はいただきますと言って朝食を食べ始めた。


「お母さんとはうまくいっていないのか?」

「ううん、会えば普通に話すわよ」

「じゃあなぜ連絡を取らないんだ?」


華子はパンが美味しいと言って嬉しそうにモグモグしていたが、食べながら陸の質問に答える。


「母は娘よりも、付き合っている男の方が大事なのよ。あの人、恋愛依存症だから!」

「………..」


陸は黙り込む。


なんとなく見えてきた。

華子がなぜ安定した職の男を捕まえて早く結婚したがるのかが。


彼女は母親の関心を受けずに孤独に育ってきたのだ。

母親が父親以外の男達と恋愛を繰り返している事に幼い頃から気付いていたのだろう。


だから、恋愛に関して歪んだイメージしか持てないのではないか?

普通の女性が憧れるような恋愛よりも、安定した結婚生活の方に重きを置いていたのではないか?


幼いころからいつも不安な状況にいたので、安定した居場所を得る為にそういう思いが強くなっていったのでは?

なんとなくそう思った。


「まあ親は選べないからな、不運だったな」

「うん…でね、私って母親に似ちゃったのかな?」

「何がだ?」

「男を見る目がないところよ」


そこで陸が声を出し笑った。


「ハハッ、どうだろうな、そういうのって遺伝するのか? でも要は本人の気の持ちようじゃないのか? 俺はそう思うけどなぁ」


陸はそう言ってから華子が作ったサラダを食べ始めた。

そして一口食べると感嘆の声を上げる。


「すっごく美味いな! ドレッシングがさっぱりしていて俺好みだ」

「良かったわ」

「これもおばあさんに教わったのか?」

「ううん、違うわ。祖母からは習ったのは基本的な家庭料理が中心だもの」

「じゃあこれは自分で?」

「そうよ、重森の胃袋を掴む為にね! あの頃は独学で必死に料理の勉強をしたわ! その努力も今では水の泡になっちゃったけれどね」


華子は肩をすくめて言うと、自分のサラダにもドレッシングをかけて食べ始める。


「じゃあ、今度時間がある時に、夕食を作ってもらおうかな。君が一体どのくらいの腕前なのか、婚約者としてチェックしないとな」

「フフッ、いいわよ。その代わり買い物は一緒に行ってよ。私、結構あれこれ材料を使うから、重い買い物袋は持ちたくないの」


「了解! まあ二人一緒に休みが取れたらだな。とりあえず今夜は俺が家にある物で適当に作るよ」

「陸も料理が出来るのね」

「うちも母子家庭だったからな。ただし俺が作る料理はありきたりの物だけれどな」

「えっ? 陸も母子家庭だったんだ。お母様は? 今はどちらに?」

「俺の実家は元々は北海道だったんだ。でもおふくろは今ハワイにいるよ」

「ハワイ?」


華子は驚いた。

陸の母親の年代はおそらく60代だろう。その60代の母親が今ハワイにいるという。


なぜハワイにいるのか、華子はとても興味を持った。


「なんでハワイにいらっしゃるの?」

「俺の妹が向こうに住んでいる日本人と結婚したんだよ。で、一度遊びに行ったらすっかりハワイの虜になっちゃってさ。それで一昨年急に移住するからって! 参ったよ…」


陸は可笑しそうに笑った。


(60代で移住に踏み切るなんて、なんて前向きなお母様なんだろう…)


思わず華子の顔にも笑みがこぼれる。


「素敵だわ! やりたい事に年齢制限はないのよね。なんかカッコいい生き方じゃない?」


華子は無意識に、男からの愛情を貪るように欲し依存するだけの自分の母親と、前向きな陸の母親を比べていた。

どちらのように生きたいかと言われれば、華子は迷わず陸の母親のような生き方がしたい。


会った事もない陸の母親からなんだか元気がもらえたような気がして華子は思わず微笑む。


「まあ、元気で暮らしていてくれれば、それが一番だな」


そう言って陸も微笑んだ。


陸の優しい笑顔を見た華子は、


(この人も、家族の事を話す時は柔らかな表情になるのね…)


ふそう思った。


そして、しばらく会っていない祖父母に思いを馳せる。

特に祖母は華子の事を心配しているに違いない。


しかし華子は今の状態ではまだ祖母には会えないと思っていた。

この作品はいかがでしたか?

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コメント

3

ユーザー

脱字報告です。「ふそう思った」→「ふとそう思った」。

ユーザー

だいぶ気心も知れて 気持ちにも余裕が出てきたのかな⁉️ お互い 自分のこと、家族のこと等もオープンに話すようになってきましたね~。 母子家庭で育ったことや 食の好み等、似ている点が多い二人... お互いの話に 共感できるところも多いようで、今後二人の距離は 更に縮まりそうですね🍀✨

ユーザー

さりげなく自分のためにと言って美味しいサラダと手作りドレッシングがあったらそりゃ陸さんも胃袋半分掴まれちゃうよね😆🥗✨ 少しずつ互いの家庭環境も話せて共有できるのって意識も距離も近づいてる証拠🤭👍💞 うん,このまま順調に歩んで欲しいなぁ╰(*´︶`*)╯♡

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