テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
4
31
1,630
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
八月の終わりが近づくころ、町立図書室の空気は紙の熱を抱えていた。
午後の光が高い窓から差し込み、書架の影を細長く引いている。利用者は少ない。夏休みの宿題を終わらせに来た中学生が二人と、新聞を読む年配の男性が一人。その静けさの奥で、ジョンナは古い地方紙の縮刷版をめくり続けていた。
机の上には年号を書いた付箋がいくつも並び、電子辞書のメモと照らし合わせた跡がびっしり残っている。目当ては、二十年前に突然終わった「嘘の実話祭り」の記事だった。
「何か出た?」
閉館前の時間に、ハヤが花を一輪持って顔を出すと、ジョンナは返事の代わりに紙面を押さえた指を上げた。
「たぶん」
その声は小さいのに、興奮が混じっていた。
ハヤが向かいに座る。紙面には、今より色の薄い朝風通りの写真と、短い見出しが載っていた。
『催し中止 安全面に課題』
『旧放送小屋付近で事故』
『関係者の判断に批判』
記事はどれも歯切れが悪い。事故があったこと、中止になったこと、安全への配慮が不足していたこと。その表現ばかりが並び、何が起きたのかは曖昧にぼかされている。
ジョンナが別の記事へ付箋を滑らせた。
「これ」
小さな囲み記事の下に、一つの名前があった。
真柄蒼司。
ハヤの胸がわずかに詰まる。電子辞書の持ち主と同じ名だった。
「“祭りの運営設計に関わった理系出身の青年”って書いてある」
ジョンナは低い声で読み上げる。
「事故当日、旧放送小屋にいた関係者の一人、とも」
「責任者?」
「そこまでは書いてない。でも、批判が集中した雰囲気はある」
別の縮刷版を開くと、その数日後の記事には、祭りの継続中止と、関係者の町外転出を伝える短い文が載っていた。誰が何を背負ったのか、はっきりしないまま、話だけが終わった形になっている。
ハヤは紙面の文字を追いながら、保管庫で見つけた電子辞書を思い出していた。園芸、神事、告白、避難経路。脈絡がないようでいて、今なら少し分かる。祭りと町と山道と、人の気持ちが、一人の頭の中で全部つながっていたのかもしれない。
「この人、何者だったんだろう」
「天才って呼ばれてた形跡はある」
ジョンナが別の紙面をめくる。
「でも、町は天才をちゃんと使いこなせないと、変人扱いすることが多い」
「身も蓋もない」
「資料は優しくないから」
そのとき、図書室の入口で鈴が鳴り、ノイシュタットが顔を出した。外の熱を少し連れてきたせいで、室内の空気がわずかに動く。
「二人とも、図書室の沈黙に埋まっていない?」
「今、大事なところです」
ジョンナが切り返す。
「良かった。なら僕の不要な感想は後回しにしよう」
そう言いながらも、彼はすぐ紙面を覗き込み、真柄蒼司の名を見つけると表情を変えた。
「やっぱりいたか」
「知ってたんですか」
ハヤが訊くと、ノイシュタットは肩をわずかにすくめた。
「子どものころに名前だけ聞いた。頭が良くて、妙に優しくて、最後はよく分からないままいなくなった人だって」
「ずいぶん曖昧ですね」
「町の噂なんてそんなものだよ。詳しいことほど、面倒で語られない」
ジョンナが新聞を閉じた。
「でも、追えます。少なくとも、事故が単純な失敗として片づけられているのは変です」
「どうして」
「記事が変に曖昧だから。隠したいときの文章になってる」
ハヤは窓の外を見た。図書室から見える裏山は、夕方の光で輪郭だけが濃くなっている。あの中腹に、旧放送小屋がある。鍵M-27が、そこにつながっているかもしれない。
保管庫を開けたとき、見つかったのは古い祭りの残り物だと思っていた。
けれど今は、それが町の忘れ方そのものに触れている気がした。
閉館の放送が流れ、図書室の空気が少し現実に戻る。ジョンナは付箋を丁寧に揃え、紙面を閉じた。
「まだ途中。でも、もうただの昔話じゃない」
その言葉に、ハヤは小さく頷いた。
昔の中止記事の裏に、まだ誰のものとも決まっていない本当の話が眠っている。
そんな気配が、紙の匂いの中に確かにあった。