テラーノベル
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店のドアの前に立った凪子は、「えいっ!」と小さく気合を入れ、勢いよくドアを開けた。
店に入った途端、「いらっしゃ~い♡」と数名のオネエスタッフの声が響く。
だが、妊婦姿の凪子を見た瞬間、スタッフたちはそろって目を丸くした。
そこへ、恰幅のいい年配のスタッフが近づいてくる。雰囲気からして、この店の経営者なのだろう。
「いらっしゃい、ようこそ! お姉さん、うちは初めてよね? どうぞこちらへ」
店内は混み合っており、凪子は隅の席へ案内された。
少し突き出した壁がほどよく体を隠し、目立たない席だ。
緊張しながら店内を見渡した凪子は、すぐそばのカウンターに信也の後ろ姿を見つけ、思わず息をのむ。
(うわっ、近っ!)
しかし、壁に遮られているせいか、信也はまったく凪子に気づいていない。
そっと観察すると、彼の左隣にはスーツ姿の男性、右隣には背の高いオネエ系スタッフが座っていた。
(あれ? メッセージの女はどこ?)
店内を見回しても、それらしい女性の姿はない。
(まだ来てないの?)
そう思いながらも、信也に気づかれず席を確保できたことに、凪子はひとまず胸をなでおろした。
そこへ、先ほどのスタッフが戻ってきて、おしぼりと水を置く。
「どうも~。この店のオーナーの紅子と申します。よろしくね~」
「どうも……」
紅子は凪子のお腹に目を留め、優しく微笑んだ。
「お姉さん、お酒はダメよね? ソフトドリンクかコーヒーにする?」
「オレンジジュースはありますか?」
「あるわ。じゃあオレンジね。それと……」
そのとき、凪子のお腹がきゅるると鳴った。
今日は悶々としすぎて、昼食もほとんど食べていなかったのだ。
「ふふっ、お腹が空いているみたいね。だったら焼き飯でも食べる?」
「焼き飯……ですか?」
「そう。うちの焼き飯は高菜入りで美味しいのよ~」
「じゃあ、お願いします」
「オッケー。ちょっと待っててね~」
紅子は軽快にバックヤードへ消えていった。
凪子は「ふぅ」と息を吐き、そっと信也の様子をうかがう。
すると、彼らの会話が耳に入ってきた。
「前に会ったときは、結婚するなんてひとことも言ってなかったじゃない♡ んもうっ、裏切られた気分!」
その声は、信也の左隣に座っている男性のものだった。
(え? あの人、オネエ系なの?)
驚いた凪子は、改めて男性をじっと見つめた。
がっしりとした体つきに、スーツをびしっと着こなしている。
だが、足をそろえて斜めに腰掛け、小指を立ててグラスを持つ仕草は、どう見ても女性的だ。
明るく染めた髪、派手な色のメガネ――その独特の雰囲気に、凪子は見覚えがあった。
次の瞬間、ハッとする。
(えっと……たしかバラエティ番組でファッションチェックをしてる……高倉……そう、高倉ジョンっていう有名人じゃない! え? じゃあ、あのメールはこの人からだったの?)
自分の早とちりに気づき、凪子は胸の奥がじんわり熱くなる。
そのとき、信也が高倉に答えた。
「あのときはまだそんなこと思ってもいなかったけどね……」
「なのにどうして急に? 聞けば奥様は昔からのお知り合いだったんでしょう?」
「うん。俺が初めて惚れた女なんだ。惹かれたのは、ずいぶん昔だけどね」
その言葉に、凪子の胸がぎゅっと締めつけられる。
「ずっと想い続けていたのに、なんで今頃一緒になったのよ」
「いろいろと誤解があって、ずっとすれ違ってたんだよ。でも、誤解が解けてようやく一緒になれた……」
「そうなんだ……。じゃあ、二度と手放せないわね」
「もちろん。今後は何があっても一緒にいるつもりだよ。絶対に手放したりなんてしないから」
「あらやだ。思いっきりのろけてるじゃないの。やあねぇ、これだから、プレイボーイが本物のオンナに出会っちゃうと厄介だわ~」
すると、右隣のオネエスタッフが口を挟む。
「遊び人が本気になるとヤバいのよ~。惚れた女をとことん愛し抜くんだから」
「アタシの知ってる遊び人たちも、結婚した途端奥さんの尻に敷かれちゃってさぁ、そりゃもう見てらんないわ。まるで飼いならされたワンコみたいなんだから。でも、そっか~、信也もとうとうそっち側に行っちゃったのねぇ」
「そっち側ってなんだよ、そっち側って」
信也が笑いながら尋ねると、オネエスタッフが微笑んで言った。
「奥さん一筋・溺愛路線よ。でね、子供なんかできちゃったらもう大変。二度とこっちの世界には戻ってこないんだから!」
そこで信也がぽつりと言った。
「実は妻は今、妊娠中なんだ」
その瞬間、二人はキャーッと叫んだ。
「やだぁ~、じゃあもう永遠にさよならじゃない!」
「ああっ、あたしはとうとう大事な人を失っちゃったのねぇ~」
嘆く二人に、信也が苦笑しながら言う。
「また大げさな」
「信也と過ごしたきらびやかな夜は、もう二度と戻ってこないのよっ! ああ、ショック!」
「ほんとそうよね~。あたしの信也を帰してぇ~!」
二人がわざとらしく嘆くのを聞いて、信也は声を上げて笑った。
その光景を見ていた凪子は、胸をなでおろすと同時に、じわりと後悔が押し寄せてきた。
(私ったら……彼を疑うなんて……。しっかりしなきゃ。こんなんじゃ、いい母親になんてなれない)
信也は良輔とは違う。
最初から分かっていたはずなのに、疑ってしまった自分が、心から恥ずかしかった。
コメント
3件
歴代イケメンズは、皆揃って紅子さんのお店に通ってたんじゃないかな( *°ー°* ) で、みんなそっち側へ見送られて来たのかと…。 紅子デラックス、イケメンズの集う店。 オーナーはきっとマリコ様✨
お姉様方の会話が楽しすぎてニヤけちゃう🤭
初めましての高倉ジョン氏⁉️オネエ系なのかな? 惚気っぱなしの信也さんだけど、これまでのマリコストーリーのイケメン達も『紅子デラックス』の常連な気がしてきたよ〜〜🤣🤣