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朝が来た。雨は……ますますひどくなって、
もう川がどこなのかすら分からない。
木も流されたのか地崩れか、いくつも倒れている。
テレビで他の土地の災害とか観てきたけど、
生きている間に、こんなことが起こるなんて。
想像すらしていなかった。
スマホを見るけど、相変わらず圏外。
僕らは会議室で、膝を抱えて座っているだけだった。
あ……音……?
雨が叩きつける音に混じって、
静かな旋律が聞こえてきた。
そうか。会議室の隣は、ピアノのある音楽室だ。
僕らは立ち上がって、そっと隣の部屋を覗いた。
先生がピアノを弾いていた。
確か……ショパンのノクターン。
先生からピアノを習っていたリンリンが、
ぽつりとつぶやいた。
「夜想曲第2番、Op.9-2……」
僕らは立ったまま、
雨の音に混じるショパンを聞いていた。
先生は、僕らの方を見なかった。
ただ、鍵盤の上で指を滑らせながら、
ゆっくりと微笑んでいた。
外の雨音が、ピアノの旋律と混ざって、
まるで世界が呼吸しているみたいだった。
白い指先と、濡れた黒髪。
頬に残る泥の跡もそのままで、
先生は、何かを確かめるように弾き続けた。
僕らは、誰も声を出せなかった。
やがて、音が止んだ。
最後の音が消えても、
しばらく誰も動けなかった。
リンリンも、僕も、
息をするのを忘れていた。
先生は静かに立ち上がると、
こちらを見て……
微笑んだ。
その笑顔は、昨日の先生と同じだった。
……同じ、はずだった。
「お腹、空いたでしょ?」
そう言って、
先生は会議室に戻り、
乾パンの袋を開けて、
ぽりぽりと食べ始めた。
僕らはまだ、
音の余韻の中にいた。
永遠にそれが続くかのように。