不機嫌な斉令《さいれい》に、連れられ、耀我《ようが》は、自分の住みか、後宮へと消えた。
皆、一様に、これから、耀我の部屋で起こるであろう、かんしゃくという名前の、修羅場を想像していた。
とはいえ、とりあえず、厄介事から逃げおおせたのだ。
「ああ、丹厳《たんげん》様がいらっしゃって、助かりました」
この離宮の、主《あるじ》であり、玄国《げんこく》王の、愛娘、華蓮《かれん》が、ふうーと、息をつく。
兄、斉令の正妃、耀我が、嫉妬から、華蓮の腹心である、侍女のナスラに因縁を吹っ掛けてきた。
──後宮に属するわけでもないのに、王太子と、なさぬ仲になるとは、と。
そもそも、異国から、国交の証として送られ、王、斉龍《さいりゅう》の端女《はしため》という身分として扱われていたのを、国元では、それなりの地位だったはずだと、専用の位《くらい》、「一品側妃」なるものを、華蓮が造出した。
そして、異国の知恵を活かしたいと、ナスラ、同様に、様々な国から送られてきた、インドク、マヤを腹心として、側に置いていた。
王の女、ではあるものの、彼女達は、位的には、官吏の身。宮殿内を自由に闊歩できる。
そこも、耀我は、気に入らなかった。
華蓮の宮へ乗り込んで来て、夫を寝とったと、泥棒ネコだの、女狐だのと、俗な言葉を、ナスラへ浴びせたのだった。
そこへ、賓客として、居座っている、遼国《りょうこく》の王、丹厳《たんげん》が、現れる。
後は、夫婦の問題と、そもそもの、根元を作ったであろう斉令に、耀我を押し付けた丹厳が、騒動を収めて、華蓮達は事なきを得た。
はずなのだが……。
腹心の三人組は、なにやら、ご機嫌が悪い。
「それにしても、丹厳様、やってくださいましたねー」
「よりにもよって、耀我様と、勝負、だとは」
「あのままの流れで、良かったのです。それを……この方は、まったく」
インドク、マヤ、ナスラの、愚痴のような、呆れみのような、つぶやきに、
「はあ、ですがね、そこの王、いつまでここにいる気?とか、耀我様に、噛みつかれては、ああ言うしかなかったでしょう?お三人?」
丹厳は、眉尻を下げながら、答える。
「ええ、確かに、そうですね、もてなすはずの、お茶会は、いまだ開かれてませんもの……」
皆の会話に、華蓮が、ポツリと口を挟んだ。
「ああ、華蓮様!な、何も、華蓮様を責めている訳ではないのですよ!!」
三十路そこそこの、目につく美男という訳でもなく、どちらかと言えば、凡庸な男は、華蓮の落ち込み具合に、焦りに焦る。
華蓮に一目惚れして、この大国、玄を震撼させる求愛を重ねて来たという行動力を持ちながらも、やはり、華蓮本人を前にすると、小国とはいえ、一国の王も、動揺するものなのか。
さて、図太いのか、空気が読めないだけなのか、計り知れないからと、真意を探るため、架空の華蓮主宰のお茶会へ招待する、と、いう口実で、丹厳は、呼び寄せられたのだが、この男、その茶会は、いつ、開かれるのだろうかと、未だに待っている。
普通は、旬座に、気がつくもの。自分は、試され、呼ばれたのだと。そうして、上手い理由をつけて、帰国するのものだが……。
この、純朴で、裏表のない性格、いや、鈍感さが、何故か宮殿内では、馴染み始め、今では、裏方の問題に、首をつっこみ、解決し、丹厳の人気は、密かに上がっていた。
しかし、その、口実であった、お茶会とやらを、耀我に、ここで利用されるとは。
あれよあれよと、耀我の口車に乗せられ、結局、華蓮は、茶会勝負という、事態に引き込まれてしまった。
「ああ、耀我様、張り切りますわよ!国元から、来賓を呼び集める事でしょうね」
と、インドク。
「……はたして、これは、丹厳様がいて、助かった……の、でしょうか?」
と、マヤ。
「何が何だか……」
と、ナスラ。
「あら!そもそもはナスラ様のしでかしに、よるものでしょ?!」
と、インドクが、ナスラにかみつく勢で言う。
「ああ、この大事に、仲間割れは、いけませんねぇ」
と、丹厳。
「そうよ!丹厳様の仰る通りだわ!」
華蓮が、腹心達を叱咤した。
あらあら、何だか、芽生えちゃって……、と、腹心三人組は、あきれながら顔を見合わせた。
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