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一瞬。ほんとに、一瞬だった。


すべての音も、時間も、何もかも止まった。


ドド……。


「えっ?」


ドドゴゴ……。


「みんな!! 机の下に入って!!」


ドドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!


空気が押しつぶされた。

耳が痛い。

誰かが叫んでいるのに、音が聞こえない。


山が、崩れたんだ。


分校が――押しつぶされる。


うあああああっっっっ!!!


……。


ぼ、僕は……生きてるのか……?


雨に濡れた砂の匂い。

木が裂けたような匂い。

何かが腕に触れている。


何も見えなかった視界が、じょじょに開けてくる。


僕の身体は砂に埋もれていた。

必死に動かして、砂をはねのける。


腕に触れていたのは、山の頂上にあった標識だった。

ゆっくり起き上がり、まわりを見る。


教室の半分が、砂に埋もれていた。

ガラスは砕け、黒板も吹っ飛んでいる。


「……けて……」


声が聞こえた。

声のほうに走る。

砂をのけて、わずかに見えている手を引っ張る。


リンリンだ。


「みんな!! 生きてんのか!! 先生!!」


「ブハーーーー!!!」

「砂が口に……ペッペッ!」


起き上がってきたのは、親分と大蔵省だ。


「ケガないか? 二人とも。みんなを助けるの、手伝ってくれ!」


「おうよ!!」

「よし、救出作戦開始だ!」


屋根のない教室に、激しい雨が降りかかる。


僕と親分と大蔵省で、次々と砂を掘り、全員を救い出した。


「あ……先生!!」


先生は、クラスの中で一番身体の弱いさかもとさんの上に覆いかぶさっていた。

砂と大きな木が当たったのか、気を失っている。


「先生!! 先生!! しっかりして!!」


砂まみれの先生は、やがてゆっくりと目を開けた。


「み……みんな……」


みんなも少しずつ体を起こし、立ち上がった。

止まぬ雨が、僕らの身体を叩きつけるように降り続けている。


「とりあえず、どっか移動しねぇと濡れっぱなしになんぞ!」


大蔵省が辺りを見回しながら言った。


すかさず親分が叫ぶ。

「おっしゃ! 俺が見てくる!!」


「僕も行くよ!!」

「俺も!!」


僕と大蔵省は、親分と一緒に避難できる場所を探しに走った。


その間、先生は一人ひとりのケガの状態を確認していたらしい。

切り傷や打ち身はあったけど、重症の子はいなかった。


「ここ!! ベストじゃない??」

「あぁ、ここに移動すっか!!」


見つけたのは、一階の教員会議室。

月に一度、近隣の先生たちが集まっていた部屋だ。

扉は歪んで使えなくなっていたけど、部屋は広く、全員が入れそうだった。


僕たちは、教室に戻る。


「おーい!! みんな! 下に行こう!!」

「動けねぇやついたら、俺が抱えるぞ!!」


全員で会議室に避難した。


外では、相変わらずの豪雨が僕たちの声をかき消していた。

窓のない部屋の中は、雨の音だけが壁を叩いている。


時計も、もう無い。


僕はポケットのスマホを取り出した。

画面は泥と水で濡れていたけど、まだ動く。


……15時すぎ。

あんなことがあって、まだ昼だったなんて。


電波は、圏外。

通信できない。

お母さんは、大丈夫なんだろうか。


「おい……これから暗くなってくぞ」

「電気もねぇ。ロウソクとかねぇのか?」


先生が言った。


「ここ、備蓄倉庫があったの。少し離れてるけど、そこに行けば……」


「うしゃ、行ってくるぜ!!」

「先生とさかもとさん以外で、元気に動けるやつは加勢してくれ!」


「雨に濡れるから、私はですねぇ……遠慮を申したい」


ポッポだ。


「ええよ別に。だがてめぇに備蓄のもんはやらねぇからな」


「親分さん……トホホホホ」


「うるせー!! 来いよコラ!!」


ずぶ濡れになりながら、僕らは備蓄倉庫へ向かった。


備蓄倉庫の扉を開けると、

湿った空気と、古い段ボールの匂いがした。


中には、アルミの保温シート、ロウソク、水、乾パン。

どれも冷たくて、触ると手に泥がついた。


僕たちはそれを抱えて、会議室に戻った。

濡れた床にマットを敷き、

ロウソクに火をつける。


炎が、小さくゆれている。

それだけで、部屋の中が少し明るくなった。

全員の顔が、オレンジ色に浮かんで見える。


「お腹すいたな」

「ねぇ、助け来るよね?」


先生は、濡れた髪を指で整えながら言った。

「大丈夫。朝になったらきっと」


その声は、やさしかった。

でも、どこか遠くで響いているように聞こえた。

まるで、雨の向こうで誰かが話しているみたいに。


僕たちは乾パンを分け合い、

アルミのシートを身体に巻いた。


外では、雨がまだ止まない。

それが、世界の全部の音だった。


そして、夜が来た。


僕らは、この夜をそれぞれの思いで眠りについた。

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