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#海辺の町
#澪彩文庫本💜🖌
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会場は、水平線そのものを閉じ込めたみたいだった。高い窓の向こうには夕闇へ沈む海があり、天井から下がる硝子細工が波のような光を落としている。華やかな客たちのざわめきの中、ディアビレは一段ずつ階段を下りた。
最初に止んだのは会話だった。次に、グラスの触れ合う小さな音まで薄くなる。
誰もが、招待状を破られたはずの娘を見ていた。
ベジラは階段脇で笑顔を保っていたが、その頬は少しだけ固い。セルマの指先が扇の骨をきつく握る。ラウールだけが目を見開いたまま、原稿を持つ手を忘れている。
それでも、ディアビレは歩いた。逃げるようにではなく、仕事で廊下を渡る時のようにまっすぐに。途中、給仕の少年がトレイを傾けそうになったのを見て、反射的に支えた。少年が「ありがとうございます」と小さく頭を下げる。その一瞬で、客席の緊張がほどけ、あちこちから息がもれる。
「やっぱりあの人だ」
「悪役って聞いてたけど」
「全然違うじゃないか」
ひそやかな声が、今度は好意として広がっていく。
本来ならベジラを照らすはずだった照明まで、なぜか自然にディアビレの立つ場所へ流れた。まるで会場全体が、最初から彼女を待っていたみたいに。
ディアビレは戸惑い、足を止める。まぶしさに負けそうになった、その時だった。
人波を割るようにしてジナウタスが前へ出た。彼はディアビレの前で立ち止まり、周囲の視線など存在しないような顔で手を差し出す。
「一曲だけ」
その言葉が、会場中の空気を静かにひっくり返した。