放課後、教室にはまだ数人の生徒が残っていた。宿題の答えを忘れてしまった女子が、しどろもどろに困った顔でこちらを見た。遥は迷った末、ノートを差し出して小さな声で言った。
「……これ、見ていいよ」
女子はすぐにペンを手に取り、ノートを開くふりをしながら、仲間の前でわざと大げさに叫んだ。
「え、これ……全部書いてあるじゃん! さすが遥、便利すぎる!」
周囲の男子も女子も笑いながら、机を叩き、肩を軽く押す。
「おい、また必死にやってんのか。笑えるわ」
「いや、ほんとキモい。こういうのがいると教室の空気乱れるよな」
必死に善意を示そうとしただけなのに、それが笑いと嘲笑の材料になってしまった。遥は目を伏せ、肩をすぼめ、手が震える。「……ごめん、俺……」と心の中で呟く。声に出せば、さらに笑われるのは分かっていた。
さらに、女子の一人がノートを掲げ、みんなに見せつけるように言った。
「ねぇ、みんな、これ見て! さすがにやりすぎだよね? これって、もう遥の義務みたいなもんじゃない?」
机を軽く叩かれ、ノートを奪われ、身動きが取れない状態で、周囲の視線が一斉に自分を突き刺す。善意を出そうとした瞬間に「利用され、踏みにじられる」感覚が全身に広がる。
心の中で、必死に言い訳をする。
「……俺、別に……誰かを困らせたいわけじゃ……ないのに……」
しかし、そんな小さな声も、笑いと嘲りにかき消される。善意が逆に自分の存在の異質さを強調する道具になってしまう瞬間。
体が硬直し、息が詰まる。手元のノートを握りしめ、誰にも助けを求められないまま、クラス全体の「お前は笑い物でしかない」という空気に包まれる。必死で善意を示そうとする自分が、さらに笑いの標的になる残酷さに、遥は心の奥で泣きたくなる衝動を抑えた。
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