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今、ロシェルは一人で魔法の練習の為にと神殿内に用意されている部屋に居る。シュウは森まで散歩に出ており一緒ではない。
魔法の練習部屋であるこの部屋は彼女の両親であるカイルとイレイラにとって特別な場所の一つだ。なので、許可無く此処に入るとカイルに叱られるのだが、今日はそんな事を気にしている気分ではなかった。
先程まで彼女はレイナードを探して神殿内をウロウロしていた。無駄に広いせいもあってか、いくら探しても彼は見付からず、気分は落ち込む一方だ。カイルに訊けば居る場所がわかるのかもしれないが、やらかしてしまった内容が内容なだけに、親に合わせる顔が無い。
カツン……カツンと靴音を広い室内に響かせながらロシェルが部屋の中心へと進んで行く。此処に来たのは、初めてレイナードとシュウに逢った時以来だ。
部屋の中心に立ち、両手の掌を上に向け、ロシェルは天井を仰ぎ見た。瞼を閉じ、頭の中で暗闇を想像する。掌に魔力が集まり大きな塊になると、その塊はふわりと弾けて部屋中が暗闇に包まれた。目を開けても周囲には何も見えない。上も下もわからないくらいの暗闇を室内に創り出すと、次は頭の中で星空をイメージし、光る球体を出現させた。ゆっくりとその球体は宙に舞い、ロシェルの目線程度の高さで止まる。球体からは光が溢れて、真っ暗になった室内は、それにより星を散らしたみたいになった。簡素だった室内は一気にプラネタリウムのようになった。
「……綺麗」
部屋中に星が溢れ、星空の中へと放り込まれたみたいな錯覚をロシェルは感じた。これは子供の頃にイレイラに教えてもらった魔法で、ロシェルの一番のお気に入りだ。イレイラが元居た世界にあった『ホームプラネタリウム』という物を元にして考えたものだとロシェルは母から聞いている。
はしたないと思いながらもロシェルは床にゴロンと転がり、上を見た。無心になりながらぼんやりと定まらぬ視線のまま星々に目をやる。時間も忘れ、動くことのない星空をただただ見つめる。いつかレイナードやシュウにも見せてあげたいと思っていた魔法を一人で眺めていると、彼女はちょっと泣きそうになってきた。
「……シド、どこにいるの?」
ボソッと呟くロシェルの声は暗闇に吸い込まれそうだったが、「——ここだ」という返事があった事で、彼女の心は深層へと沈まずに済んだ。
「……シド?」
寝転んだまま声のする方にロシェルが顔を向けると、そこには灰色のスーツを着崩した状態で着ているレイナードが立っていた。白いシャツの上はボタンをとめてはおらず胸筋がちらりと見える。鎧以外の堅苦しい格好は苦手なのか、適切なサイズの服なのに少し窮屈そうにしていた。
「すごいな、これはロシェルが?」
ロシェルの傍まで来ると、レイナードは彼女の横に脚を崩して座り、周囲を見渡しながら訊いた。
「えぇ。昔、母さんが発案した魔法よ。攻撃魔法はサッパリだけど、物作りに関してはこの世界で一番なの」
「魔法を発案って……そんな事まで?」
「異世界から来たから、かしら?元の世界にあった物を、魔法で再現するのが楽しいみたいなの」
「それは楽しそうだな」
「……えぇ。見せてもらえると、いつだって楽しいわ」
「そうか」
「…………」
二人は黙り、共に室内を満たす満点の星空に想いを馳せた。星の配置は適当で、ロシェルではイレイラ程精密には作れてはいない。それでも目を楽しませるには充分の代物だ。
「月は作れるか?」
「えぇ、出来るわ」
レイナードのリクエストにロシェルが即答する。そして瞼を閉じて、星空に月が浮かぶ様子をイメージした。満月か、三日月か。ロシェルが迷ったせいで、歪な月が消えたり浮かんだりし、レイナードが声を出して笑った。
「満月にしようか」
「わかったわ」
レイナードが笑ってくれた事に嬉しさを感じながら、ロシェルは昔見た美しい月夜の空を思い浮かべた。記憶の中でかなり美化されていたせいであり得ないサイズと光加減になっていたが、彼女は満足気に微笑んでいる。レイナードも文句無しの綺麗な月夜を見上げ、頷いた。
「綺麗な夜空だ、ありがとう」
大きな満月と星が暗闇に浮かび、二人を月明かりが照らす。だが、ロシェルはもう星空など見てはいない。レイナードの顔ばかりを見上げている。いつもならばうっとりとした気分で彼の漢らしい横顔に見惚れるところなのだが、今は違う。どうやって昨夜の件を謝ろうかとばかり考えていた。
やってしまった事を後悔はしていない。素晴らしい経験だったし、もう会いたくないと拒否されても、あの思い出があれば生きていける気さえする。
だが、想いを押し付けた事だけはどうして謝りたかった。『心に響かぬなら、体からわからせればいい』など流石にどうかしていた。暴走し、煮詰まった頭では最善だと思っていた事でも、色々満たされた後だと失策だったとしか思えない。
もっと時間をかけて、ゆっくり心を溶かしていくべきだった。彼のペースに合わせて。なのに……熟れた果実のように美味しそうなレイナードを前にしてその事に気が付けず、サキュロスがやろうとしていた方法で落とそうとするなど、彼女らしくなかった。
「……ねぇ、シド」
「……ん?」
「ごめん……なさい」
「何故謝る?」
「あんな……事をしたんだもの、嫌われても仕方ないと思って」
「謝らないでくれ、後悔されているみたいだ」
「シドとの事を後悔してはいないわ、でも……性急過ぎたなと」
レイナードはロシェルの言葉を聞き、否定は出来なかった。婚姻もしていない、ましてや、交際関係でもない。金銭で繋がった刹那的な間柄ですらもない二人がしていい行いではなかったのは確かだから。
「そうだな。確かに性急だった。でも、謝っては欲しくない。あの時は俺達にかかっていた魔法を解かざるを得なかったんだ、どちらがどうという話ではないだろう?」
「……そうかしら」
「あぁ」
レイナードは短く返事をすると、隣に横たわるロシェルの体を難なく持ち上げて自分の膝に彼女を座らせた。一瞬の事で、ロシェルは悲鳴をあげる暇もなかった。
「シ、シド⁈」
ワンテンポ遅れでロシェルがレイナードの服にしがみ付くと、驚きを隠す事なく振り返り、彼の顔を見上げた。
「すまない、一言言うべきだったな」
レイナードが微笑み、ロシェルの頭に額をくっつける。微かに香る彼女の香りを吸い込むと彼はほっと安堵した。また彼女の傍に戻ってこられたのだと、短時間しか離れていなかったのにそんな事を彼は思った。
「えぇ、そうね」
軽く頷き、恐る恐るレイナードの胸元にロシェルが寄り掛かる。『彼に逃げられるのでは?』と少し怖かったが、レイナードはロシェルの腰に腕を回し、自身の胸の中に優しく引き寄せた。
彼女の耳にレイナードの心音が大きく響く。どくん、どくん……と、高鳴る音は少し早い。
「ロシェルに渡したい物があるんだ」
「……何かしら?」
キョトンとした顔でロシェルが彼を見上げると、レイナードは胸の内ポケットに手をやり、そこから小さな箱を取り出した。
「まぁ!綺麗な箱ね」
ロシェルがレイナードの胸元から離れ、彼の脚の上で対面になるよう座り直した。
月は彼の背後にあり、ロシェルの顔が照らされ、はっきり見える。愛らしい彼女に手元をジッと見詰められ、レイナードは少し照れくさい気持ちになった。
「中を見てもいい?」
「あぁ」
箱を開け、レイナードが中身をロシェルに見せる。中には布の貼られたクッションが詰まっており、その上に赤っぽい小さな石が四つ、綺麗に並んでいた。
「……何かしら?ルビーのイヤリング?」
「いや、これはアレキサンドライトという宝石で作ったピアスだ」
「アレキサンドライト?初めて聞くわ」
「昼間は緑色に、夜は赤色へと変わる宝石なんだ。ロシェルに……似てるなと思って、つい」
レイナードは言った側から顔を赤くし、視線を逸らした。
「……似てる?」
どこがかしら?と思いロシェルは首を傾げたが、レイナードの微妙に気まずそうな表情と赤い頰で、夜の積極的な痴態を指されていると気が付き、ボンッと一気に顔を赤くした。
「き、危険を察知して、守ってくれる石でもあるんだ!だから、丁度いいだろう?」
「え、えぇ。そうね!ありがとう、レイナード」
互いの声が、照れ隠しで無駄に大きくなる。
「でも……私はピアスホールが無いから着けられないわ」
「その事なんだが……ロシェル」
レイナードは一旦小箱を床に置き、ロシェルの頰に手を添え、改まった態度で名前を呼んだ。真剣な雰囲気に呑まれ、彼女もそれに倣う。
「どうしたの?シド」
「今朝言っていた事は、まだ有効か?」
「今朝……?」
「『婚姻契約をして欲しい』というやつだ」
ロシェルは耳を疑った。彼から聞けるはずのない単語が出てきた事を処理出来ず、聞き間違いかしら?とさえ考えてしまっている。
「まだ有効なら、受けようかと思う」
「……本当に?」
「嘘ならピアスは用意しない」
「でも、その……どうして受ける気になってくれたの?」
あの時はいっぱいいっぱいで、『了承してくれた!』と思い込んで押し通してしまったが、冷静に彼から言われた言葉を思い返すとレイナードは断ろうとしていたとわかる。なので、一転した彼の態度がロシェルには不思議でならなかった。
「……あれから色々と考えて、『夫』として『忠義』を果たすのもありかなと思えたんだ。正直、ロシェルを好きかどうかと問われると……よくわからない。経験が無いんだ、誰かに恋愛感情を持った事など……一度も」
ロシェルはその言葉を聞いてもショックを受けなかった。むしろ、わからないものをわからないと、素直に教えてくれた事が嬉しい。
「だが、誰よりも傍に居たいし、他の誰にも渡したく無いとは思う。その為には、結婚するしか道はないんだろう?」
困ったように眉を下げ、レイナードがロシェルの瞳を見詰めた。
「嫁が欲しいくせに、嫁になりたいと迫ってくれる人を蔑ろにするのも……な」
「私に迫られて仕方なくもらってくれるのですか?……それでも、こちらは構いませんけど」
「いや、違う。それは違うんだ。ロシェルの事は可愛いと思っているし、触れていると安心する。……緊張もするが、嫌な感じでは無い」
『それはもう、好き以外の何ものでも無いのでは?』とロシェルは思ったのだが、本人がそうだと気が付かないと意味がないと考え、そっと微笑むに留めた。
自分よりもずっと年上なのに、目の前にある答えを見付けられずにいるレイナードに対し、ヤキモキするどころか可愛く感じる。『自分のツボをどこまで突いてくる気なんだ、この人は!』と叫びたいくらいの心境だ。
「嬉しいわ、シド。そこまで思ってくれるのなら、何も不安など無いもの」
ただ気が付けていないだけなのだと分かれば、たとえ『好きだ』の一言が無くても怖くない。
ロシェルは頰を包んでくれているレイナードの手に自身の手を重ねると、ゆっくり瞼を閉じ、上を向いた。キスをして欲しいとロシェルが無言で訴える。慣れないのと、照れもあり、少し眉間にシワがよってしまっている。だがそれが初々しくてちょっと可愛かった。
色々と疎いが鈍感過ぎる訳ではないレイナードは催促されていると気が付きはしたが、照れが先に立ってしまい応じられない。小動物みたいに震えていて可愛いなと、頰を緩ませてしまってもいた。
「……シド?」
不安げに名前を呼ばれた事に背中を押され、レイナードが恐る恐るロシェルに顔を近づける。近寄るだけで緊張が高まっていき、結局彼は、触れる直前で止まってしまった。
吐息は感じるのに、唇が触れない。その事を不思議に思ったロシェルはこっそり目を開けて、即座に現状を理解し、数ミリの距離を自分から迫ってやっと口付けにこぎつけた。
その事に驚いたレイナードはクワッと目を開け、反射的に唇を離そうとしてしまう。だが、頰に触れる手には手を重ねられているし、ロシェルは彼の脚に座っている状態なので、レイナードは逃げることが出来なかった。
遠慮がちに触れる唇にロシェルが軽く吸い付き、そっと舐める。あまり深追いすると止まらなくなるなと思い、舌を絡ませる事なくゆっくり唇を離した。
クスッとどちらからともなく笑い声がこぼれる。そして互いの額をくっつけ、彼らは幸せそうに微笑みあった。
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