テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#恋愛
ばたっちゅ
20,045
桜城
308
#ファンタジー
comi
4,709
あの日から長く続いた梅雨のような雨の日が終わり、街路の石畳はまだ濡れ、雲は低く垂れ込めていた。カザンは傘を畳み、街のシンボルである時計塔前の書店の軒先で足を止めた。
並べられた臨時増刊号の《週刊レガリア》――青い見出しが、雨雲の下でひときわ鮮やかに光っていた。まるで真実が闇を裂く稲光のように。
書店には雑誌を求める人々の列ができ、見出しを目にした市民たちがざわめきを広げていった。
「……これ、本当なのか?」
「ラッセル大佐は殉職なんかしていないって……」
「スメラ秘書官が告発しようとして殺された? まさか……」
その声は小さく、しかし波紋のように広がっていく。ある者は紙面を握り締め、ある者は「俺たちは騙されてきたのか」と震える声をあげた。
彼らの胸に「国民は知らされていない真実がある」という衝撃が突き刺さっていた。
携帯端末を見ると、SNS上で《#真実を示せ》《#リヴァン疑惑》《#週刊レガリア》のタグが拡散していた。
「これはただの噂じゃない、証拠もあると書いてある!」
「政府は黙っているけど、逆に怪しい!」
「この記事、ヤバイ!」
若者達の声が耳に入る。
(真実は国民の心に火をつけ、確実に届いているぞ、ラッセル……無事でいてくれ……)
カザンは胸の奥で呟き、ポケットにハンカチで丁寧にくるんだラッセルの勲章バッジを握った。
その時。時計塔の横の巨大なホログラムスクリーンに、政府広報局からの緊急声明が流れる。
『週刊レガリアの記事は、利益追従の事実無根の捏造であり、国家秩序を乱す悪質な虚報であります。出版元に厳正な措置を取る準備を進めています。市民のみなさんは、デマに流されないように、冷静な判断をしてください。リヴァン首相のこれまでの確かな実績と人柄を思い起こしていただければ幸いです』
(政府の反撃も始まったな……ここからが本当の闘いだ)
街頭のモニターにその声明が流れると、市民の空気が二分された。
「やっぱりデマかもしれない……」
「いや、あれは本物の記事だ!」
人々のざわめきが嵐のように渦巻き、希望と疑念が交錯する中、空高くからドローンの羽音が聞こえ、カザンは見上げた。
監視ドローン!
すぐさま、傘で顔を隠した。
(くそぅ……リヴァンの野郎、俺を監視しているのか、それとも市民を監視しているのか……)
ふと、通りに目をやると、赤色灯を鳴らした治安部隊の黒装甲車が走っていった。カザンは傘で顔を隠したまま、濡れた石畳を踏みしめ、足早く会社へ向かった。だが、民間報道社〈サヴァラン・タイムズ〉が入居するビルの前に差しかかった瞬間、その不安は現実となる。
玄関前に治安部隊の黒装甲車が横付けされ、数機の監視ドローンが旋回していた。銃口を備えた兵士たちが次々と「週刊レガリア編集部」のある階層にエレベーターで乗り込んでいった。
カザンは階段を駆け上がり、物影に隠れて中の様子を窺った。
「週刊レガリアに告ぐ! 幾度の警告を無視し、国民を扇動し、虚偽の記事により、国家の安寧を脅かした罪により捜索を開始する」
編集室のドアが蹴り破られ、兵士がなだれ込んだ。机の上の誌面が宙を舞い、局員は壁際に追いやられた。ホログラム端末が次々と強制シャットダウンされ、白い閃光が散った。
床に散らばった臨時増刊号の表紙――【黒幕はリヴァン首相だった】を兵士のブーツが無残に踏み潰す。湿った音とともに青いインクが泥のようににじみ、紙片は血肉のように裂けていった。
「やめろ! ここは報道機関だ! 表現の自由は保障されている!」
オルドリッジの叫びが編集室に響く。
しかし、その声が消えぬうちに、治安部隊の兵士が胸倉を乱暴につかみ上げた。冷たい銃口が、容赦なく額へと突きつけられる。さらに、治安部隊の隊長は胸元から一枚の通達書を取り出すと、感情を一切交えない声で読み上げた。
「編集長オルドリッジ殿。最後通告だ。貴誌は幾度となく国家の安定を脅かし、国民を扇動した。よって、本日をもって《週刊レガリア》を禁書指定とする。以後、一切の発行を禁ずる」
治安部隊隊長はさらに語気を強めた。
「違反した場合、編集部員全員を国家転覆罪の容疑で拘束し、サヴァラン・タイムズ社の出版許可および営業許可をはく奪する」
編集長の顔から血の気が引き、震える手が止まらない。
「これはリヴァン首相閣下からの最後の警告である。貴社は再発防止策を提出し、謝罪記事を掲載せよ」
隊長の声は淡々と、まるで判決文を読み上げるかのようだった。
「リヴァン首相閣下の温かい慈悲に感謝するのだ。なお、記事を書いたカザンを拘束せよ、との命令が下っている。居場所を吐け」
「……まだ出勤していない」
オルドリッジの声はかすれ、完全に屈服していた。
「ここに監視ドローンを残して撤収する。オルドリッジ。カザンと共に治安局へ出頭を命ずる」
そう言い残して、治安部隊は撤収した。
編集室には、重苦しい沈黙が残された。机の上に散らばった原稿や誌面は、まるで敗北の証拠のように床に広がっていた。その後、社長が現れた。
「オルドリッジ。残念だが、週刊レガリアは本日を以て廃刊とする。
局員は人事異動が発令されるまで自宅待機するように。
これ以上、我が社に損害を与えてもらっては困る。いいな」
局員たちは落胆したように荷物をまとめ始めた。
「……これが現実か」
オルドリッジの唇がかすかに動いたが、その声は誰にも届かなかった。
午後には街の空気は一変していた。
朝には国内の書店・売店の棚を埋めていた《週刊レガリア》の臨時増刊号は、どこを探しても姿を消していた。
「売り切れか?」
「知らぬのか、今しがた週刊レガリアは禁書指定となった。治安部隊が全部持っていったのだ」
書店の主人が怯えたように声を潜める。
店の奥では、黒い制服の兵士が無言で雑誌の束を袋に詰め込み、
ドローンが赤いスキャンライトを走らせていた。
市民が近づこうとすれば、無言のまま銃口が向けられる。
広場のゴミ箱には、破られたレガリア誌の紙片が雨に濡れて張り付いていた。
それを拾い上げた若者が歯噛みしながら呟く。
「やっぱりな……真実を書かれると、都合が悪いのだろう。
市民まで監視するとは……最近のリヴァンって、独裁者みたいに権力を私物化して、
我々をコントロールしょうとしているのか……」
だが、すぐ後ろで別の市民が彼の肩を引いた。
「やめろ、口にするな! 監視ドローンが聞いている……」
空には数機の黒い影が旋回し、街全体を監視していた。人々は顔を伏せ政府広報のホログラムを眺めるしかなかった。そこには「魔物襲撃は鎮圧された」「フェイクニュースに注意せよ」の文字が踊っていた。
その夜。
編集部の混乱が収まり、局員が全員退社したあと。会社正面口の監視ドローンを避け非常扉から、そっと部屋に入った。
オルドリッジは机にうなだれたまま座っていた。広い背中は、今にも崩れ落ちそうなほど重く沈み、その影だけが妙に小さく見えた。
「編集長!」
呼びかけに応えるように、ゆっくりと顔を上げる。充血した瞳には、幾晩も眠れなかった者だけが宿す疲労と悔恨が滲んでいた。
「……すまん、カザン」
掠れた声が静かな編集室に響く。
「俺は守りきれなかった。お前の記事も、仲間も……そして、《週刊レガリア》が掲げてきた報道の誇りさえも……」
オルドリッジは拳を強く握り締めた。
「権力は真実より速く動く。都合の悪い事実は消され、声を上げる者は黙らされる。誰もが萎縮し、沈黙を選ぶようになった。この国は、いつしか自由に語ることさえ恐れる国になってしまった……」
耐えきれなくなった拳が、鈍い音を立てて机を叩く。
「俺は……屈した。報道を守れなかった俺を……どうか許してくれ」
カザンは静かに首を横へ振った。
「いいえ。終わってなんかいません」
その声には、揺るぎない確信が宿っていた。
「真実は、一度でも国民に届いたんです。俺は雑誌を手にした人たちの表情を見ました。戸惑い、涙を浮かべ、震えながらも、確かに目を覚ました人たちがいた。」
一歩、オルドリッジへ近づく。
「報道の自由を守るのは、権力者でも、社長でもありません。俺たち自身です」
その言葉は静かだった。しかし、鋼のような強さがあった。
「たとえ廃刊にされても、また書けばいい。印刷所を失っても、伝える方法は必ずある。書く者が生きている限り、《週刊レガリア》は死なない」
カザンは力強く言い切る。
「筆が折れない限り、真実は何度でも蘇る。そして、それを求める人が一人でもいる限り、報道は決して終わりません」
編集室は静まり返った。
やがてオルドリッジはゆっくりと顔を上げる。
赤く滲んでいた瞳の奥に、消えかけていた記者の光が静かに灯り始めていた。
「……カザン」
その声には、先ほどまでの絶望はなかった。
「お前は……それでも、まだ信じているのか」
「はい。俺は信じています。ラッセルの剣と、スメラの勇気と、そして俺たちの筆を。どうか、編集長も信じてください。《週刊レガリア》は必ず復刊します。そして、この国も闇から目覚めます。必ず……」
しばし沈黙が流れたのち、オルドリッジは背筋を伸ばし、深く息を吐いた。
「カザン……必ず復刊させるその日まで、俺は諦めん。一緒に、この国の真実を伝えよう」
「ええ、編集長。記事が封じられるなら、地下にでも刻みます。嘘に塗り替えられた事実を、必ず記録して真実を伝えましょう」
オルドリッジは一瞬、周囲を警戒して声を潜めた。
「……カザン、しばらくは身の安全を確保せねばならん。我々と同じ志を持つ同志がいる。旧インフラ用に整備され、今は使われていない地下通路だ」
カザンの胸が高鳴った。
「はい。わかりました、編集長」
夜の街に出た瞬間、頭上で羽音が鳴った。
「監視ドローンだ!」
赤い光が二人を追い、瞬時に指令を送信する。
――ゴォン、と低い駆動音。通りの角から無骨な人型の警備ロボットが数体現れた。関節に組み込まれた銃口が冷たく光る。
「捕捉完了。対象は国家転覆罪容疑者――」
無機質な音声が夜気を震わせた。
「急げ、カザン!」
オルドリッジが腕を掴み、細い路地へ飛び込む。
石畳を蹴る靴音の後方で、鉄の足音が無機質に追いかけてくる。
「編集長、旧庁舎の資料で見たのです。ここから地下通路に抜ける排気口がある!」
カザンは雨に濡れた壁を指差す。
二人は古びた鉄柵を力づくで、こじ開け、闇の穴へ身を投じた。
直後、背後でロボットの銃口が火を噴き、壁に火花が散る。
狭い排気路を滑り降りると、空気が一気に湿り、かつてのインフラ網へと繋がっていた。かび臭いコンクリートの通路を二人は息を切らしながら進んだ。
背後では監視ドローンの羽音が遠ざかり、代わりに冷たい地下風のうねりが響いていた。
「……こっちだ」
オルドリッジが古びた鉄扉を押し開けると、かすかな灯火が揺れる広間が現れた。
そこには、すでに数人の影が待っていた。
最初に立ち上がったのは、片目に古傷を持つ屈強な男。
背筋を伸ばし、静かに言った。
「ようこそ、同志たち。《週刊レガリア》の記事は読ませてもらった。勇気ある筆だったな」
その声に、カザンは息を呑んだ。権力の牙城に抗う者がここにもいたのだ。
短髪の女性が救急バッグを抱え、二人に歩み寄る。
「怪我は? 疲労や発熱があれば、今のうちに処置するわ」
その瞳は鋭さと優しさを併せ持ち、軍医の確かな経験を感じさせた。
さらに若い痩せ型の青年が、古びた端末を操作しながら軽口を叩いた。
「監視ドローンの追跡信号は妨害して居場所を分からなくしておいたから、大丈夫」
最後に、杖を突いた白髭の老人が前に出た。深い皺を刻んだ顔に、静かな光が宿っている。
「よく来てくれた。君たちの筆と証言は、この国に残された最後の武器だ。我らと共に進んでくれるか」
カザンは胸ポケットから、ラッセルの勲章バッジを取り出し、強く握りしめた。
「はい。俺は真実を伝えるためにここに来ました。
仲間として、共に闘わせてください」
その言葉に広間の灯火が一斉に揺れ、誰もがうなずいた。
「ここからが、本当の戦いだな」
オルドリッジが低く呟く。
カザンはポケットにしまった勲章を握りしめ、力強く答えた。
「ラッセルの剣と俺たちの筆は必ず繋がる。
真実は潰されても消えはしない」
二人の背後で、地上の轟音が遠くにこだました。
そしてカザンの言葉が闇に溶けるころ、別の闇の底でひとりの男が漂っていた。その名はラッセル。リヴァンの一撃に呑まれ、奈落へと落ちた彼は、いま意識の深淵をさまよっていたのだ。
コメント
1件
ああ、このエピソード、すごく重くて苦しかったけれど、それ以上に胸が熱くなりました……。 禁書指定で雑誌が踏み潰されるシーン、本当に息が止まるようでしたね。 でも、カザンが「筆が折れない限り真実は何度でも蘇る」と言い切ったところで、私も一緒に希望を取り戻せました。 地下に待っていた同志たちとの出会い、ここからが本当の戦いなんですね。 ラッセルの無事も気になりますし、次が待ち遠しいです🌷