カランコロン……
ドアについたベルの軽やかな音が響く。
その音で、奥から店のスタッフが出て来た。
「あ、陸さんお疲れ様です」
「お疲れ! 今日はここで飯食ってくわ」
「承知しました。今お冷をお持ちしますね」
20代後半とみられる男性スタッフは、後ろにいる華子に気づくと笑顔でぺこりとお辞儀をした。
華子も軽く会釈を返す。
平日の夜9時近くだというのに店内は満席に近かった。
カップルや女性同士グループが、美味しそうな料理を楽しみながら会話を楽しんでいる。
陸は一つだけ空いていた窓際の席へ行くと、華子と向かい合って座った。
そこで華子が陸に聞く。
「知っている店なの?」
「ん? ああ、これも俺の店だ」
「えっ? こんなに可愛らしいお店が?」
華子はびっくりして思わず目を見開く。
「俺の店は全部で4店舗ある。あと二つは、日本料理の店とフランス料理の店だ」
「4つもお店をやっているの? さすが社長さんね。でもなんで全部違う種類の店なの?」
「それは俺が通っても飽きないように……だな」
陸はそう言って笑った。
「えぇっ? もしかして社長自ら毎日自分の店に行って食べるの? うわぁそれって最悪!」
「毎日じゃないよ。でもなんで最悪なんだ? 自分の店なんだから食べに行ったって構わないだろう?」
「社長が頻繁に来たらチェックされているみたいでスタッフの人達はやりにくそう」
陸は華子の言葉を聞きなるほどという顔をしている。
そして言った。
「そんな事、考えた事もなかったな……」
陸はフッと笑いながら華子にメニューを渡した。
「ここのイチオシはオムライスだ。でもハンバーグも結構いける」
陸がそう説明すると、華子はメニューをじっと見つめる。
メニューには、ハンバーグセットやオムライス、昔ながらのナポリタン、そしてビーフシチューなどがあった。
洋食メインの店のようだ。
料理の写真はどれも美味しそうだ。
「じゃあ私はビーフシチューセットにする」
「あえて外しやがったな…ま、いいけどな」
陸は思わず苦笑いをする。
その時先程のスタッフがお冷を持って来た。
「決まりました?」
「ビーフシチューセットとハンバーグセットを頼むよ」
「承知しました」
男性は笑顔で言うとすぐに厨房へ戻った。
店内には食欲をそそる美味しそうな香りが漂っている。
料理も期待できそうだが、店の雰囲気もとても素敵だった。
店内はアンティーク調のインテリアで統一されていた。
家具や照明はもちろんの事、古材を組み合わせた柱や床もとても風情がある。
漆喰の壁には素敵な絵が飾られていた。
そしてビンテージの窓枠を使った出窓には、洒落た小瓶や雑貨類が並んでいた。
(こんなに素敵なお店を彼が作ったの?)
華子はとても信じられなかった。
どう見ても目の前のいかつい男の趣味とは思えない。
(あっ、もしかしたら彼の奥さんの趣味なのかも)
そう考えれば納得出来る。
華子があれこれ考えていると陸が口を開いた。
「カフェのバイトは明日から入ってもらう。シフトは週5日の交代制で、時間は9時~17時。明日は俺も店に顔を出すから車で
一緒に行こう」
「わかったわ。で、社宅のマンションにはいつから住めるの?」
「今週中にクロスの張り替えが終わるから、来週の月曜日頃だな」
「了解。カフェのスタッフは何人いるの?」
「店に常時いるのは三名だ。スタッフは全部で五名だから、君を入れたら六名になる。これからはその六人でシフトを組んでも
らう。店長の中澤だけ社員でそれ以外は全員アルバイトとパートだ」
「カフェの店長とバーの店長は違う人なの?」
「ああ、違うよ。さっきいた塩村は、バーの方の店長だからな」
「じゃあ、初めて会う人ばかりか…」
華子が呟く。
「安心しろ。お前が愛人だったとか死に損なったとかは言わないでいてやるから」
「それはご親切にどうも!」
華子はムッとして言う。
ムッとしながら、自分のそんな態度にイライラしていた。
華子は素直になれない自分の性格を疎ましく思っていた。
長年沁みついた気の強い性格は、そう簡単には変えられない。
最近では、そんな自分にほとほと嫌気がさしていた。
重森にもよく言われた。
『お前は性格がキツ過ぎる。もうちょっと素直になれば多少可愛気もあるのになぁ…』
その言葉を思い出し華子は沈んだ顔をする。
そして目の前にいる男もきっと重森と同じように華子の事をそういう風に見ているのだろうかと、
チラッと陸の反応を盗み見る。
しかし陸は動じる様子もなく平然としていた。
むしろ面白そうに笑みを浮かべている。余裕の表情だ。
(この男、もしかして鈍感?)
華子がいぶかし気に思っていると、陸が話題を変えてきた。
「愛人業の前は、何か仕事をしていたのか?」
「大学を出た後は詩千堂化粧品に就職したわ。と言っても、デパートの販売員だけどね。で、そこを辞めた後は派遣とバイ
ト、で、その後が銀座のクラブ。そして成れの果てが愛人よ」
華子は正直に話した。
「誌千堂化粧品は一部上場の大手じゃないか。って事は、大学もそれなりにいい所を出たんだな」
「大学は緑山学院大学よ」
「まあまあいい大学を出ているのに、勿体ないな」
「なんで愛人になんかに……って思っているんでしょう? 自分でも馬鹿だと思うわ。でもね、仕方ないのよ。あたしってこ
らえ性がないから仕事が続かないの。もう自分でもほとほと呆れているわ」
華子は肩をすくめて言った。
それを見た陸は思わずブッと笑った。
「意外と自分の事を客観的に見てるんだな」
陸はまだクックッと笑っている。
それにムッとした華子は陸へ質問する。
「あなたの方こそこの仕事はいつからなの?」
「経営者としてって事か?」
「うん、そうね」
「自分の店を初めて持ったのは36歳の時だ。それまでは、さっきのバーで店長をしていたんだ。君と同じで最初はバイトから
だったよ」
「ふーん。じゃあその前は?」
「自衛隊にいた」
「ハッ?」
「だから、自衛官だったんだ」
華子は陸から意外な答えが返ってきたので、目をぱちくりさせていた。
コメント
3件
華子さんは、陸さんが 相手だと 角がとれて 素直になれるみたい✨ 陸さんも、気が強く生意気な華子さんを可愛がっている様子.... 二人は もしかしたら気が合う⁉️💓
続き読めてありがとうございます。楽しみにしてますよ笑っ頑張って下さいね。
陸さんと話してる華子は少し角が取れてる⁉️自分のことを客観的に伝えるのも陸さんに今日の事を言われても大きく動じないのも…もしかして歳上の男性とウマが合う⁉️