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はなたろう@推しと恋する物語
黒猫ている
その日は梨都子たちとの約束通り、清水の運転で隣県のモールへと繰り出した。さすがに休日だから、人、人、人で大賑わいだ。
私は最初の目的通り、まずは二着ほど、会社に着て行けそうなワンピースを購入した。カーディガンとジャケットは出張の時の物があるから、それで数日は適当に着回せる。足りない分は梨都子に借りるか、あとはネット通販を利用することにした。
買ってあげるよ――。
拓真はそう言ってくれたが私は断わった。衣食住のうちすでに二つもお世話になってしまっている。部屋着だって借りている状態なのに、さらにそれ以上なんて、心苦しすぎる。
しかし彼はひどく残念そうな顔をして、私の耳元にぼそっとつぶやいた。
「俺も碧の服、選んであげたかったのにな」
梨都子と清水が少し離れた所にいてくれてよかったと思う。
拗ねたような顔の拓真を、私は耳を熱くしながら上目遣いで見た。
「それは今度、二人でデートした時にお願いしようかな」
拓真の表情が戻った。
「分かった。その時を楽しみにしてる」
短い会話を交わし、目線を絡ませ合っているところに、梨都子の声が飛んできた。
「碧ちゃん、あのお店行きましょ。下着も少し買っておいた方がいいでしょ?」
私の腕を取る梨都子の視線をたどると、そこはランジェリーショップ。
「あ、確かに。買っておきたいかな」
答えてから、私はちらっと拓真と清水に目をやった。さすがに男性たちは一緒には入りにくいだろう。
「自分の欲しいものはもう買ったから、俺、あそこでコーヒー飲んでるわ。北川さんはどうします?」
「それなら、俺も。買い物は済んだし、さすがに一緒に入るのは恥ずかしいので」
「それじゃあ、私たちだけで行きましょうか。二人とも、もし移動する時は連絡ちょうだいね」
「了解です。ごゆっくりどうぞ。北川さん、行きましょ」
「えぇ。じゃあ、碧、後でね」
「うん」
私は彼らの後ろ姿を見送って、梨都子と並んで店に足を向けた。
「私、向こう見て来るね」
「はい、私はこの辺を見てますね」
店内で梨都子と別れた私は早速、普段使いに良さそうな下着を選び始める。
「ひとまずこの辺りのでいいかな。えぇと、梨都子さんは、と……」
店内をきょろきょろ見渡しながら、先ほど梨都子が向かったと思われる辺りに足を向ける。
いたいた――。
私は梨都子の背中を見つけて声をかけようとした。しかしそれよりも早く、彼女の方が先に私に気がついた。おいでおいでと言うように私を手招きする。
「いいの、ありましたか?」
「ん?まぁね」
何気なく梨都子の手元にあった買い物かごに目をやって、どきっとした。
「なんかセクシーなのばっかり。だけど梨都子さんっぽくて素敵ですね」
「ふふっ、そう?でもセクシーって言ったって、これくらいは普通でしょ?単にレース部分が多いってだけだもの」
「そう、ですかね……」
私は自分の籠の中を見た。
普段使いだからね。普段使いにセクシーさはいらないもの――。
誰にというわけでもなく言い訳がましいことを考えていたら、梨都子が私の手元を覗き込んだ。
「あら、どれも碧ちゃんらしいけど、シンプルなのばかり選んだのね」
「だって普段使い用だから」
梨都子はふぅんと言いながら、口元に指を当てて私の顔をのぞき込んだ。
「もうちょっと冒険してみたらいいのに」
「冒険?」
「そうよ。せっかく女性に生まれたんだから、下着ももっと楽しまないと。ほら、これなんかどう?ちょっぴりセクシーだけど、可愛いデザインよ。碧ちゃんに似合うと思うなぁ」
「え、でもなぁ……」
私にこんな下着、似合うとは思えないんだけど――。
ためらっていると、梨都子がこそっと耳元で囁いた。
「彼をどきどきさせてみるのも悪くないと思うけど」
「どきどき、ですか?」
そんなことを言われて拓真の顔が頭に浮かび、自分の方がどきどきしてきてしまう。
「それに、下着一つで気分も変わるわよ。ここはあえてアゲて行かないと。ね?」
軽い口調で言ってはいるが、梨都子の瞳の奥に私を気遣うような色が見えた。私の事情と状況を知っている上での言葉なのだと思ったら、鼻の奥がつんとした。
「じゃあ、ちょっとだけ冒険してみようかな……」
梨都子が手にしていた下着に、私はおずおずと手を伸ばした。
「もっと色々見てから決めましょ」
他人の下着選びだというのに、梨都子は私以上に楽しそうな様子を見せている。
「梨都子さん、なんか楽しそう」
「ん?楽しいわよ。妹と一緒に買い物してる気分で。私、姉妹がいないから、こういうの憧れてたのよね。ね、これなんかどう?」
「え、これはちょっと派手ですよ……」
「そうかなぁ。じゃ、こっちは?」
あぁだこうだと言いながらようやく決めた一着を加えて、私と梨都子の買い物は終わった。
「楽しかったわぁ」
満足そうに笑っている梨都子の傍で、私はぼそっともらす。
「なんか、これ、勢いで買っちゃった気がする。いつ着ければいいんだろう……」
「いつって、そんなの決まってるじゃない」
「え?」
「さっき言ったでしょ?彼をどきどきさせたい時に着ればいいのよ」
「どきどきさせたい時って……」
「さぁね」
赤くなった私を梨都子が微笑ましい目で見ている。
「ねぇ、碧ちゃん。北川さんに会えて良かったわね」
「はい。ほんとに」
私ははにかみながら頷いた。彼に会っていなかったら、彼の中に私への想いが残っていなかったら、今はなかった。
「碧ちゃんのことを大事に思ってることが、北川さんからすごく伝わってくるわ。碧ちゃんの表情も、今までと違って幸せそうに見えるし。彼に愛されてるのね」
梨都子は悪戯っぽい笑みを口元に浮かべて、こそっと付け加える。
「心も体もね」
「り、梨都子さんっ……」
カッと耳まで熱くなった。
「あら、別に変なこと言ってないわよ。素敵なことでしょ。ってことで、この大人下着でますます魅力的になったところを彼に見せてあげなさいな。それで、虜にすればいいわ」
「虜って何ですか、それ……」
私は苦笑しながら梨都子の後に続いた。店を出たところで、バッグの中でメッセージの着信を知らせる通知音がした。拓真からだと分かるように設定してあるから、迷わずに通知を開く。
『買い物、終わったみたいだね』
今――と返そうとした時、梨都子が言った。
「あの二人、窓側にいるわ。手を振ってる」
「ほんとだ」
それなら返信するまでもないかと、私は携帯をバッグに戻した。
「あ、席を立ったわね。私たちはここで待ってましょ」
「はい」
私はそっと手元の紙袋に目を落とした。
買ったはいいけど、拓真の前で披露する日が来るのかどうか……。だけど、もしもこの下着姿の私を見た時、彼はどんな表情をするのだろうか。恐いような、恥ずかしいような、見てみたいような、複雑な気持ちでその時を想像してしまう。
いつの間にか、拓真が私の目の前に立っていた。その顔を見たら顔が急に熱を持った。
「碧、どうかした?顔が赤いみたいだけど」
「えっ、気のせいよ。気のせい」
「そう?ならいいけど」
くすっと小さな笑い声が聞こえて、私は目を上げた。梨都子が目くばせをしてよこした。「何を考えていたか分かっているわよ」と言っているように見えて狼狽える。体勢を立て直して私は梨都子を軽くにらむ。
梨都子さんがあんなこと言うから……。
しかし、彼女はくすっと笑って私の視線を流し、他の二人に声をかける。
「そろそろランチに行かない?お腹がすいたわ」
「あぁ、確かに。時間的にもちょうど良さそうですしね。買い物が終わったんなら、ここは出ましょうかね」
出口に向かって歩き出した梨都子と清水の後に、私と拓真も続く。
拓真は私の隣を歩きながら、不思議そうに訊ねる。
「ねぇ、碧。さっきはどうして、俺を見て赤くなったの?」
「そ、それはナイショよ」
「ふぅん……?ま、いいや。そのうち言いたくなったら話して」
「あはは、そのうちにね」
『そのうち』のタイミングを想像してしまい、またしても顔が熱くなった。そのことを悟られないように、私はさり気なさを装って彼の少し後ろに下がる。
そのうちって何なのよ――。
心の中で苦笑しながら、私は自分から彼の小指に自分の人差し指を絡めた。
(了)
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