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京本大我 緩和医療科


医局のソファーでうたた寝をしていると、ポケットの中のPHSが無粋な着信音を鳴らした。

慌てて起き上がり、耳に当てる。「あっはい、緩和ケアの京本です」

「203号室の佐伯さんが疼痛を訴えてます。すぐ来てくれますか」

「わかりました今行きます」

電話を切ると、走り出した。階段を上りながら、調剤室に連絡する。

「すいません緩和ケアの京本ですけど、モルヒネ注ありますか? 203号室にお願いします」

「はい、お持ちします」


佐伯さんは、少し前に緩和ケア病棟に移ってきた患者さんだ。入院患者でも若いほうだが、もちろん子どももいる。


病室に着くと、既に看護師がいた。

「佐伯さん、大丈夫ですよ。すぐにお薬投与しますからね」

声を掛けて背中をさすっても、表情は歪んでいる。がんの痛みが強いようだ。

すると、薬剤師さんが来てくれた。「鎮痛剤注射しますよ」

しばらくすると、表情が穏やかになってきた。

「効いてきた感じです。もう大丈夫かと」

看護師と薬剤師を振り返る。うなずき、部屋を出ていった。

静かな寝息をたて始めた佐伯さんを確認し、僕もその場を後にした。



「今日は調子よさそうですね」

いつものように巡回にきたある日。ベッドの上の佐伯さんは、いくらか顔色が良く見えた。

「ええ、なんだかちょっと楽な気がします」

それは良かった、と胸を撫で下ろす。

と、佐伯さんは思い出したように言う。「あの、ここって小児科もあるんですよね?」

「ありますよ。でも一般病棟です。まあ、緩和病棟にも子どもは入院してます。小さい子だと小学生とか」

「そうなんですね…。……もしかして、会えたりとかできます?」

思いもよらない言葉で、え、と聞き返す。佐伯さんはふふ、と笑って言った。

「実はわたし、今までずっと保育士やってたんです。子どもの頃からの夢で。でも病気を宣告されたときに辞めました。さすがにそれは辛かったですね。これまでのキャリアが全部なくなるんですから。だけど楽しかったです」

朗々と話す彼女は、どこか楽しそうな笑みだった。

「…京本先生は、ずっとお医者さんですか?」

突然質問され、驚きながらも答える。

「ええ、そうです。医学生のときから、緩和ケアを専門にやりたいと思ってました」

「そうなんですね。……こんなこと、聞いていいのかわかんないですけど、先生はどうしてこの道に?」

佐伯さんも身の上話をしてくれたから、自分も話してみようか。少し逡巡したあと、

「…もう10年も前になるかな。母に、末期がんが見つかったんです。1ヶ月くらい抗がん剤治療したあと、本人の意思で緩和ケアに切り替えました。そのときの緩和ケアの担当医は、治療していたときの医師より優しくて。辛いときはすぐに駆けつけてくれたらしいです。僕には、その人が1番かっこいいヒーローに見えました」

「…その方がきっかけで?」

はい、とうなずいた。

「まだまだ程遠いですけどね」

「そんなことないです。京本先生だけでなく、今までわたしに関わってくださったスタッフさん、皆さん素晴らしいです」

そう言われ、少し照れる。

「で、何の話でしたっけ」

「できたら、子どもたちと遊びたいなって…」

「ああ、わかりました。小児科に掛け合ってみますね」

「ありがとうございます」

嬉しそうにほほ笑んだ。


続く

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