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着いた先は、倫太朗が椿にスーツを買った店が入っているショッピングモールの向いのモール。
同じモールの店でも良かったのだが、そっちは可愛らしいデザインが売りの様だった。
俺が選んだのは、ショーウィンドウからして、大人の女性向けの店。
引きずるように椿を見せに連れて行き、店員に「サイズを測って、機能性重視で七セット。ルームウェアを二着選んで欲しい」と伝えた。
試着室からは、慌てふためく椿の声が聞こえたが、店員は全く気にせずに仕事を遂行した。
サイズを測り終え、俺は店員に無理を言って、隣のレディース服の店に付き合ってもらい、彼女の瞳に似た碧い、ふわふわさらさらしたワンピースとカーディガンを購入した。
店員が言うには、既製品では身体にぴったりのサイズは難しいとのことで、このワンピースは肩の位置が固定ではなく、ウエストもリボンで調整ができるから、体型を選ばずに着られるらしい。
椿の元に戻ると、店員がやって来た。
椿のサイズで用意した下着を見せられた上で、彼女がベージュ以外はいらないと言っていると聞いた。
俺は見せられた下着たちの中から、デザイン違いでベージュを四セットと、淡いピンクを二セット、ネイビーを一セット選んだ。
ネイビーは完全に俺の好みで、金や銀の刺繍が色っぽく、椿に着て欲しいと思った。
ルームウェアは椿に任せた。
試着室から出て来た椿は既に疲れ切っていたが、ワンピース姿は可愛かった。
眼鏡を外すことは出来なかったが、いつもの縄のようなきつい三つ編みは、緩い三つ編みになっていて、肩から胸に垂らしていた。
バリバリのキャリアウーマンから、ゆるふわなお嬢様に大変身だ。
俺は思わず写メを撮り、倫太朗に送りつけた。
彼からの返事は、クマが親指を立てて『よくやった!』と言っているスタンプ。
それから、『店には連絡済みです』のメッセージ。
俺は買ったものと椿が着て来たものが入った紙袋を片手に、椿の手を片手に握り、上機嫌で次なる目的地に乗り込んだ。
倫太朗から連絡を受けていた店側の対応はスムーズで、椿はまた引きずられるように試着室へと連行された。
その間に、俺は荷物を車に積みに行き、戻って来た時にはサイズを測り終えていた。
その店はレディース服全般を扱っており、俺は今彼女が着ているワンピースに合う靴と、バッグを見繕って欲しいと頼んだ。
下着の店では、俺が勝手に注文したり会計することに異議を唱えていた椿だが、この時には既にそんな覇気もなくなっていた。
対照的に、俺は楽しくて仕方がない。
俺が椿を可愛く変えていっていると思うと、嬉しくて。
家を出た時とは眼鏡以外の全てを一新にした椿の手を引いて次に向かったのは、ユニ〇ロ。
少しだけ椿の表情が和らいだ。
椿のクローゼットの中身を総入れ替えすべく、Tシャツやジーンズなんかの普段着を手あたり次第籠に入れて行く。
セルフレジで会計を済ませて買ったものを畳んで袋詰めしている椿は、涙目にすらなっていた。
女性にプレゼントをして泣かれるのは、ある意味初めてだ。
買い物を終えて車に戻った時には、時刻は二時近かった。
朝飯が遅かったとはいえ、腹が減った。
椿に何が食べたいかと聞くと、彼女らしい予想外の返事をした。
「これ以上、計算できません」
彼女のことだ。俺が買ったもの全ての金額を計算して、後で支払う気でいるのだろう。
俺はククッと喉を鳴らして言った。
「全部、誕生日プレゼントだよ」
「死ぬまでの誕生日プレゼントを一気に貰ったとしても、貰い過ぎです!」
興奮気味に言った椿の腹の虫が同調して声を上げ、彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
可愛すぎだろーーーっ!
運転中でなければ、抱きしめてキスしたいくらい。
「折角可愛い格好しているんだし、お洒落な店にしようか」
「えっ!? もう、無理です! 家に帰りたいです」
「なんで? 腹、空いたろ?」
「カップ麺でいいです。足が痛くて堪りません」
足元を覗くと、椿はパンプスを半分脱いでいる。
いつもよりは高めのヒールだったから、疲れたのだろう。
「カップ麺じゃないけど、気楽に食事できる場所に行こう」
絶対納得しないだろうけど、と思ったが気にしなかった。
そして、その予想は当たった。
椿に関しては珍しいことだ。
駐車場に入るなり、「ここのどこが気楽に出来るんですか!」と、顔を青くした。
連れて来たのはEmpire HOTEL。
一般常識的に、気楽な場所ではない。
「大丈夫だよ。昼飯はルームサービスにするから」
思考停止状態の椿の腰を抱き、ルームキーを受け取った俺は、アフタヌーンティーを注文した。
部屋はセミスイート。
それが、顔色の悪い椿を、更に青白くさせた。
「まさか……お昼ご飯を食べるためだけにこんなお部屋を取ったわけじゃないですよね……?」
「まさか。今日はこの部屋に泊まるんだよ」
「へぇっ!?」
姿は可愛く着飾っても、本質は変わらない。
安定のリアクションがいつもより可愛く見えるのは、服や髪型のせいだろうか。
「なぜ、旅行でもないのにホテルに泊まるのでしょう?」
「そりゃ、好きな女を口説くためでしょ」
「すっ――、くっ――?」
「一昨日から何度も言ってるのに、信じてくれないんだ?」
そう言った途端、慌てふためいていた椿がハッとして、それから眉をひそめた。
その表情が、今にも泣きだしそうに見えて、俺もまたハッとした。
焦り過ぎだ。
俺は部屋に備え付けのコーヒーマシンのスイッチを入れ、カートリッジを選ぶのを口実にして、彼女に背を向けた。
「何飲む? あ、甘いのもあるよ?」
「……」
「ブラック、カフェオレ、カプチー――」
「――彪さんは……」
振り返ると、椿はじっと俺を見ていた。
「ん?」
「……いえ」と、椿が俯く。
俺は彼女に近づくと、手を伸ばし、その頬に触れた。
「聞きたいことがあるなら聞いてよ」
唇を噛む彼女を上向かせると、歯型のついた唇に指を添えた。
「俺が嫌い? 迷惑?」
ずるい聞き方だ。
こんな風に聞いて、椿が頷くはずがない。
俺は彼女の熱を手放すと、ブレンドのカートリッジをマシンにセットした。注ぎ口にカップを置き、スイッチを押す。
ガリガリガリッとマシンが唸り声をあげた。
同様にしてカフェオレも淹れる。
二つのカップをテーブルに置き、自分はブレンドのカップの前に座った。
椿がおずおずと俺の正面に座ったのを見て、カップに口をつけた。
コーヒーを飲みながらチラリと盗み見た椿の姿は、とても美しかった。
背筋を伸ばし、両足を揃え、太腿の上で両手を組んで目を伏せる姿は、他に形容し難かった。
「責任って言うならさ……」と呟いて、カップを置いた。
「俺の方こそ、取らせて欲しいな」
「え……?」
「酔ったきみを抱いたんだ。責任は全て、俺にある」
「そんなことは――」
「――聞いて」
いつものように興奮気味に前のめりになって否定しようとする椿に掌を向け、制止する。
「きみがなんて言おうと、そうなんだよ。それにね、俺はきみが言うほど立派な男じゃない。きみが酔っているとわかっていたのに、欲しい気持ちを押さえられなかった」
こうやって言葉にすると、本当に情けない。
「だから、本来であれば、きみが言っていたように、慰謝料を払うべきは俺の方」
「そんなっ! 滅相も――」
「――きみが――」
こんなに大事な話をしている今も、艶のある彼女の唇に食らいつきたい衝動に駆られる。
そんな自分に幻滅しつつも、これほどまでに欲する気持ちの強さに驚く。
「――俺を許してくれるのなら、これからも一緒に暮らして欲しい」