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無名の灯 番外編

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無名の灯 番外編

61 - 第61話 壊れなかった光

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2025年08月03日

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どうして、あんな言い方をしてしまったんだろう。


自分でも、わかっている。

突き放すような、

わざと引っかかるような言葉を、選んでいた。



優しさが怖かった。

信じる目が、痛かった。

だから、「壊せばいい」と思った。


でもそれは、

たった一瞬の衝動だったはずなのに。


家に帰っても、

いつもより声はかけられず、

殴られもしなかった。


けれど、それがかえって胸を締めつけた。


怒られた方がよかった。

殴られた方が、マシだった。



あいつを、壊せなかった。


それが、

一番きつかった。



ふと思い出すのは、

あの目だ。


痛んでいた。

でも、逃げていなかった。

責めてもいなかった。


“それでも、信じるよ”とでも言うように、

沈んだ声で、確かにそう言った。


あれは、

あの目は、

壊れていなかった。



――なんで、壊れないんだよ。


心の奥で叫びたくなった。


俺が壊してしまった人間は、何人もいた。

家族。

教師。

友達を名乗ってきたやつら。


誰もが、途中で黙って、

遠ざかって、

最後は蔑むような目をして消えた。


そのほうが、

まだ楽だった。


「信じる」とか言って、壊れていく奴は、

こっちに後悔だけ残していった。


だから、

あんな目を、するな。



……壊せよ。

俺を、嫌えよ。



お前が壊れなければ、

壊れるのは、

俺だ。



自分が、

たった一言で、

誰かの心を傷つけると知っていながら、

それでも止められないのは、


優しさに近づくほど、

自分の「汚れ」が浮かび上がる気がするから。


だから、

遠ざける。


壊す。

自分ごと。



けど日下部は、

何も壊さなかった。



次の日、教室に入ると、

何もなかったように話しかけてきた。


「……おはよう」


たったそれだけの言葉に、

心臓が殴られたような気がした。


笑っていたわけじゃない。

許すとも言っていない。

ただ、変わらず、そこにいた。



壊れなかった、というより、

壊されることを選ばなかったような、そんな目だった。


「もういいよ」とも言わなかった。

「わかってる」なんて、簡単な逃げ道もくれなかった。


だからこそ、

遥はその日、目を合わせることができなかった。



……こんなの、

怖いに決まってる。


優しい人間より、

強い人間の方が、

よっぽど怖い。



遥は、自分の手を見た。


何度も、何度も、

誰かを壊してきたこの手。


今、その指先が震えている。


それが、

日下部のせいなら、

こいつは、

ほんとうに――



壊れないまま、

俺の中に入り込んでくるんだろう。



そう思った瞬間、

遥の胸に、ひどい罪悪感と、

どうしようもない安堵が、同時に落ちてきた。


それは、涙に似ていたけど、

涙にはならなかった。



喉が詰まった。

声にならないまま、

遥は静かに席についた。


ただ一つだけ、

言葉にならない想いを心の奥に沈めながら。



「……ごめん」


心のなかだけで、

その言葉は、

何度も何度も、壊れていった。



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