どうして、あんな言い方をしてしまったんだろう。
自分でも、わかっている。
突き放すような、
わざと引っかかるような言葉を、選んでいた。
優しさが怖かった。
信じる目が、痛かった。
だから、「壊せばいい」と思った。
でもそれは、
たった一瞬の衝動だったはずなのに。
家に帰っても、
いつもより声はかけられず、
殴られもしなかった。
けれど、それがかえって胸を締めつけた。
怒られた方がよかった。
殴られた方が、マシだった。
あいつを、壊せなかった。
それが、
一番きつかった。
ふと思い出すのは、
あの目だ。
痛んでいた。
でも、逃げていなかった。
責めてもいなかった。
“それでも、信じるよ”とでも言うように、
沈んだ声で、確かにそう言った。
あれは、
あの目は、
壊れていなかった。
――なんで、壊れないんだよ。
心の奥で叫びたくなった。
俺が壊してしまった人間は、何人もいた。
家族。
教師。
友達を名乗ってきたやつら。
誰もが、途中で黙って、
遠ざかって、
最後は蔑むような目をして消えた。
そのほうが、
まだ楽だった。
「信じる」とか言って、壊れていく奴は、
こっちに後悔だけ残していった。
だから、
あんな目を、するな。
……壊せよ。
俺を、嫌えよ。
お前が壊れなければ、
壊れるのは、
俺だ。
自分が、
たった一言で、
誰かの心を傷つけると知っていながら、
それでも止められないのは、
優しさに近づくほど、
自分の「汚れ」が浮かび上がる気がするから。
だから、
遠ざける。
壊す。
自分ごと。
けど日下部は、
何も壊さなかった。
次の日、教室に入ると、
何もなかったように話しかけてきた。
「……おはよう」
たったそれだけの言葉に、
心臓が殴られたような気がした。
笑っていたわけじゃない。
許すとも言っていない。
ただ、変わらず、そこにいた。
壊れなかった、というより、
壊されることを選ばなかったような、そんな目だった。
「もういいよ」とも言わなかった。
「わかってる」なんて、簡単な逃げ道もくれなかった。
だからこそ、
遥はその日、目を合わせることができなかった。
……こんなの、
怖いに決まってる。
優しい人間より、
強い人間の方が、
よっぽど怖い。
遥は、自分の手を見た。
何度も、何度も、
誰かを壊してきたこの手。
今、その指先が震えている。
それが、
日下部のせいなら、
こいつは、
ほんとうに――
壊れないまま、
俺の中に入り込んでくるんだろう。
そう思った瞬間、
遥の胸に、ひどい罪悪感と、
どうしようもない安堵が、同時に落ちてきた。
それは、涙に似ていたけど、
涙にはならなかった。
喉が詰まった。
声にならないまま、
遥は静かに席についた。
ただ一つだけ、
言葉にならない想いを心の奥に沈めながら。
「……ごめん」
心のなかだけで、
その言葉は、
何度も何度も、壊れていった。