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第16話 芸人の失言
配信
「こんばんは〜、“はごろもまごころ”だよ!」
今日のまひろは、黄色い半袖シャツにジーンズの短パン。胸元にはアニメキャラクターのバッジをつけていて、ぱっつん前髪の下の大きな瞳は相変わらず無垢な輝きを放っている。
隣のミウは、ブラウスにロングカーディガン。スカートは淡いクリーム色で、髪をゆるく三つ編みにして肩に垂らしていた。耳元には月のモチーフの小さなピアス。いつもの柔らかな笑みを浮かべ、カメラに向かって軽く会釈した。
まひろが少し戸惑うように口を開いた。
「ねぇミウおねえちゃん。ぼく、この前テレビで芸人さんがちょっと変なこと言ってるのを見ちゃったんだ。笑いにするつもりだったのかもしれないけど……ぼく、なんだか気になっちゃって」
コメント欄に「誰?」「あの番組か!」とざわつきが広がる。
「ほんとに笑っていいのかな? ぼく、心配になっちゃったんだ」
疑惑の芽生え
ミウがふんわりと頬に手を添え、首をかしげた。
「え〜♡ お笑いって楽しくて大事なのにぃ……もし誰かを傷つけちゃってたら、ちょっと悲しいよねぇ」
「うん……ぼくはただ、“ほんとに楽しく見られるのかな”って思っただけなんだ」
コメント欄は「確かに不快だった」「でも笑いの一部でしょ」と揺れ始めた。
レイNews記事化
その夜、「レイNews」には記事が並んだ。
1. 人気芸人Y氏、バラエティで“差別的”発言か
2. SNSで批判の声『笑えない』『傷ついた』
3. 過去の発言も検証 繰り返される“問題ある笑い”
4. 専門家コメント『メディアは無自覚な偏見を広げる』
5. スポンサー企業に抗議殺到、CM差し替えも検討
本文は、番組での何気ない一言を“切り抜き”として強調し、過去の映像から似た発言を探し出して並べることで「常習犯」のイメージを作り上げていた。
裏では、ミウが匿名アカウントを複数操作し、「傷ついた」というツイートを量産。記事の裏付けとして利用していた。
群衆の暴走
SNSは一気に炎上モード。
「最低」「人として終わってる」「番組打ち切りにしろ」
まとめサイトは「芸人Y氏の黒歴史」として過去の無関係なエピソードまで掘り返した。
ワイドショーは問題発言を繰り返し流し、「どう思いますか?」と街頭インタビューを編集。
スポンサー企業は世論を恐れ、CMの放送を停止した。
クライマックス
数日後、芸人Y氏はSNSで「軽率な発言でご迷惑をおかけしました」と謝罪。
だが、翌日の記事はこうだった。
「謝罪=事実を認めた?」
沈黙も謝罪も、出口にはつながらなかった。
彼のレギュラー番組は次々と終了していった。
結末
夜の配信。
まひろは黄色いシャツの裾をぎゅっと握りしめ、無垢な瞳で言った。
「ぼく……ただ“ほんとに楽しく見られるのかな”って思っただけなのに」
ミウはやさしく笑い、軽く手を振った。
「え〜♡ でも、考えるきっかけになったんだから良かったんだよね。
ほんとの笑いは、みんなを幸せにするものであってほしいもん♡」
コメント欄は「ありがとう、気づけた」「応援したい」で埋め尽くされた。
その裏で、ミウのPC画面には次のターゲットのリストが開かれていた。
「アイドルグループ」「映画監督」「スポーツ選手」。
記事タイトルはすでに雛形が並び、準備は整っていた。
> 無垢な声とふんわり同意、その裏でひとりの芸人のキャリアは音もなく切り取られていった。