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翌日、遙香は役場から戻るなり、帳場で息をついた。笑顔で押し切れる類いの話ではなかったのが、顔を見るだけで分かる。
「やばい?」
莉々夏が先に聞く。
「やばい」
遙香は即答した。
皆が自然と集まる。
「存続審査、早まりそう。正確には、早めて一本化する方向」
遙香は書類を広げた。
「取り壊しの判断と、条件付き活用案の比較を同日にやるって」
「同日?」
美恵が眉をひそめる。
「資料まとめる時間、だいぶ削られるじゃない」
「そう。だから今までみたいに“まだ少しある”って顔してると終わる」
啓介は紙の日付を見る。
想像していたより、ずっと近い。
遼征も腕を組んだ。
「沈船の曳航も前倒しになってる。こっちも待ってくれない」
離れと沈船、二つの時間が同時に迫ってくる。
「最後に足りないの、何ですか」
芽生が訊く。
遙香は紙を指で叩く。
「今も必要だっていう証言。昔よかった、だけだと弱い。今ここが生きてる場所だって示せる言葉」
その一言で、皆の視線が自然と同じところへ向いた。
寺に昼だけ来て、縁側に座って、泣いて帰ったあの女性。
莉々夏が先に言う。
「いるじゃん」
「いるね」
鼓夏も頷く。
啓介は思い出す。赤いリボンを見た瞬間の、あの人の泣き方を。
説明できる涙ではなかった。体のどこか古いところが、勝手に反応したみたいな泣き方だった。
「でも、話してくれるかな」
義海が不安そうに言う。
「話してくれなくても、会いに行くしかない」
啓介が答える。
芽生はその横顔を見たまま、まだ自分の進路のことを言えないでいた。
時間がないのは、離れのことだけじゃない。
自分の返事の期限も、同じように近づいている。
役場の結論はまだ出ていない。
けれど、猶予が残っていないことだけは、はっきり決まった。
#海辺の町