テラーノベル
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九十日間の実証が始まってから、友香たちの毎日は数字と時刻表に追われるようになった。
千恵実が作った新しい沿線マップには、駅だけでなく、病院、学校、宿、飲食店、バス停まで一枚に収まっている。
里樹はその地図を片手に、一人旅のモデルコースを撮影した。
『朝は潮見駅で降りて、港の食堂へ。午後は白峰口から路線バスで温泉へ。帰りは南凪駅から』
動画の再生数は伸びた。
協力店舗では「動画を見た」と言う客も増えた。
勝人は商店主たちへ声をかけ、営業時間を列車の到着時刻に合わせてもらった。
想一郎は利用者数を毎日集計した。
友香は実際に一人で沿線を回り、乗り継ぎで迷う場所や、案内表示が足りない駅を洗い出した。
「ここ、バス停が駅から見えない」
「看板追加できます」
千恵実がすぐにメモする。
「あと、宿のチェックインが十五時からだから、十二時台に着いた人の居場所がない」
「勝人さんの店に荷物預かり頼めるか聞く」
「俺の店だけじゃ足りん。三軒くらい探す」
それぞれが動く。
以前の勝人なら、鉄道会社へ怒鳴ることに力を使っていた。
今は、誰に何を頼めば現実に変わるかを考えている。
想一郎も変わった。
夜、集計を終えたあと。
想一郎はパソコンを閉じかけた。
「何か悪かった?」
友香が聞く。
「いや、明日調整してから――」
そこまで言って、想一郎は手を止めた。
数秒後、閉じかけた画面をもう一度開く。
「……やっぱり今言う」
「うん」
「今日、想定より通学利用が少なかった」
「どれくらい?」
「目標より十二人少ない」
一瞬、友香は身構えた。
以前なら、このくらいの悪い数字なら想一郎は自分で何とかしてから話そうとしただろう。
今も、その癖が消えたわけではない。
それでも途中で止まり、話す方を選んだ。
「言ってくれてありがとう」
「悪い話ほど先に、だったから」
「覚えてたんだ」
「忘れたら怒るだろ」
「もちろん」
二人は笑った。
まだ婚姻届は出していない。
けれど毎晩十分だけ、隠し事をせずに話す時間を作った。
星見線の数字。
想一郎の仕事。
友香の仕事。
不安。
怒り。
言いにくいことほど、先に言う。
その積み重ねで、壊れかけていた距離が少しずつ戻っていった。
実証開始から七十日目。
大雨が降った。
山間部で雨量が規制値を超え、星見線は朝から運休した。
「最悪だ」
勝人が集会所の窓を叩く雨を見つめる。
週末だった。
里樹の動画を見て来る予定だった旅行者から、キャンセルの連絡が次々と入る。
宿。
食堂。
体験予約。
予定されていた利用が、一日で消えていく。
翌日も一部区間が運休。
その次の日、ようやく全線再開した。
想一郎が最新の数字を出す。
「かなり落ちた」
「今、何%?」
友香が聞く。
「前年同時期比で十六・九%増」
目標は二十%。
残り十八日。
届かない数字ではない。
でも、余裕は消えた。
「追加で宣伝する」
里樹が言う。
想一郎は首を振った。
「一時的に人を集めるだけじゃ、その後が続かない」
「でも今は数字が必要だろ」
「必要だ。でも、無理に来させて混乱したら逆効果になる」
二人の声が強くなる。
友香はスマートフォンのコメント欄を見ていた。
そこで、一つの投稿が目に入る。
『先月行きました。雨で行けなかった店があるので、来週もう一度行きます』
その下にも。
『動画で知って一回行ったけど、今度は泊まりたい』
『前は日帰りだった。次は温泉まで行く』
『友達連れて再訪します』
「ねえ」
友香が顔を上げる。
「これ」
里樹と想一郎が画面を見る。
「前に来た人が、もう一回来ようとしてる」
里樹がコメントを追う。
「本当だ」
「最初は動画で偶然知っただけかもしれない。でも、もう二回目は偶然じゃない」
千恵実も近づいた。
「一回来た人が、次に何をしたいか見つけられたってことですね」
友香は頷く。
「幸せな偶然って、たぶん一回目の出会いだけじゃない」
雨宿りで千恵実の事務所へ入ったこと。
列車で里樹と再会したこと。
黒いノートを見つけたこと。
偶然はたくさんあった。
でも、それだけでは何も残らなかった。
「偶然来た人が、また来たいって思えるように準備しておく。そこまでやって初めて、次につながるんだと思う」
勝人が腕を組む。
「なら、再訪する連中向けに何かできるな」
「できます」
千恵実がすぐに答えた。
「二回目の人向けに、前回と違うコースを出しましょう」
里樹も立ち上がる。
「俺、前に来た人のコメント拾う。再訪した理由も聞く」
残り十八日。
全員が再び動き始めた。
一週間後。
利用者増加率は十八・一%。
さらに四日後。
十八・七%。
目標まで、あと一・三ポイント。
残りは七日だった。
想一郎が表を見つめる。
「ここから一人でも多く必要になる」
友香は窓の外を走る星見線を見る。
三か月ほど前、ここへ一人で来た時には知らなかった。
一人の旅が、こんなに多くの人とつながるとは思っていなかった。
「あと一週間」
友香は言った。
「最後までやろう」
目標は、二十%。
届かなければ、廃止案がそのまま進む。
そして九十日間の実証が終わる時には、友香と想一郎も、自分たちの答えを出す。
残された時間は、同じ七日だった。
空乃 美晴
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紫倉 紫
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パン
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コメント
1件
第10話読み終わったよ〜!😭💕 みんながそれぞれの持ち場で動いてるのがすごく伝わってきて、特に想一郎が悪い数字もちゃんと話せるようになったシーンがグッときた…!「言ってくれてありがとう」って友香が言える関係性、じわじわ戻ってる感じが尊いよ〜。それに、偶然だけじゃなくて「再訪したい」と思ってもらえる準備をするってところ、すごく現実的で温かいなって思った!残り7日、どうなるかドキドキするね…🌸