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残り七日。
星見線の利用者増加率は十八・七%。
目標の二十%まで、あと一・三ポイントだった。
友香たちは最後の一週間も、できることを一つずつ積み上げた。
里樹は再訪者の声をまとめた動画を公開した。
千恵実は二回目の旅行者向けに、新しい回遊コースを作った。
勝人は協力店舗をさらに増やし、列車の到着時刻に合わせた限定メニューまで始めた。
友香は駅に立ち、初めて来た人が迷っていないかを見た。
その日の夜。
想一郎から電話があった。
「今、話せる?」
「うん」
声が少し硬い。
友香はすぐに気づいた。
「悪い話?」
「たぶん」
以前なら、それだけで胸がざわついた。
今は違う。
「聞く」
想一郎は一度息を吸った。
「本社から異動の内示が出た」
友香は黙った。
「星見線がどうなるかとは別で?」
「ああ。正式決定じゃない。でも可能性は高い」
「どこ?」
「隣県の支社」
「通える距離?」
「毎日は厳しい」
想一郎はそこで言葉を止めなかった。
「だから、今日中に話したかった」
友香は目を閉じる。
三か月ほど前なら、想一郎は決まるまで黙っていたかもしれない。
友香の仕事に影響が出ないように。
余計な心配をさせないように。
そう言って、一人で答えを出していたはずだ。
「ありがとう」
「何が?」
「先に言ってくれて」
「約束したから」
「じゃあ、考えよう」
二人はその夜、一時間以上話した。
友香が今の仕事を続けたいこと。
想一郎が異動を断った場合に、今後の昇進へ影響する可能性。
平日は別々に暮らして週末だけ一緒に過ごす案。
友香が在宅勤務を増やせないか会社へ相談する案。
新居をすぐ手放さず、半年だけ様子を見る案。
「どれが正解か、今は決めなくていいよ」
友香が言う。
「でも、どっちかが我慢すれば済むって答えにはしたくない」
「俺も」
「本当に?」
「今回は本当に」
想一郎は少し考えて続けた。
「もし異動が決まったら、最初の三か月は俺が向こうで部屋を借りる。友香は今の仕事を続ける。それで週末に行き来して、続けられるか見よう」
「三か月後にまた話す?」
「うん。友香の在宅勤務が増やせるかも、その時までに確認する」
「私も会社に相談する。ただし、私が辞める前提では考えないからね」
「分かってる」
「想一郎が異動を断る前提にも?」
「しない」
三か月ほど前なら、どちらかが何かを捨てる話になっていた。
今は、試して、話して、また選ぶ。
それだけで未来の見え方が少し変わった。
友香は笑った。
「じゃあ合格」
「何の?」
「今日の話し合い」
「採点されてたのか」
「ずっとされてるよ」
電話の向こうで、想一郎も笑った。
実証最終日。
朝の時点では十九・六%だった。
「あと少しなのに」
友香は何度も駅の改札を見た。
昼の列車では、高校生のグループが降りた。
午後には、里樹の動画を見て二度目に来たという夫婦が乗った。
「前回、潮見の食堂が休みだったから」
夫婦は笑いながらそう言った。
夕方、通院帰りの高齢者たちが列車を降りる。
一人一人は、ただいつもの用事で乗っているだけかもしれない。
それでも、その一人が数字を作っている。
最終列車の集計が終わった夜。
五人は千恵実の事務所に集まった。
想一郎のパソコンには、最後の集計結果が表示されている。
「出すぞ」
誰も答えない。
勝人まで黙っている。
想一郎が確定ボタンを押した。
数字が更新された。
『前年同時期比 20.4%増』
一瞬、誰も動かなかった。
「……超えた?」
里樹が言う。
「超えた」
想一郎が答える。
「二十・四%」
「よっしゃあ!」
勝人の声が事務所を揺らした。
千恵実が机に手をついて笑う。
里樹は友香の肩を叩いた。
「やったな」
「うん」
友香の目が熱くなる。
大成功とは言えない。
ほんの〇・四ポイントだけ、条件を上回った。
でも、その〇・四ポイントを押し上げたのは、九十日間に出会った一人一人だった。
病院へ行った人。
高校へ通った人。
動画を見て来た人。
もう一度来た人。
その翌日。
会社から正式な回答が出た。
星見線は、即時廃止を回避。
ただし永久存続ではない。
二年間の条件付き継続。
利用実績を四半期ごとに確認し、二年後に再び判断する。
「勝ったな」
勝人が満足そうに言った。
「まだです」
友香が返す。
「何?」
「二年間残っただけ」
「十分だろ」
「二年後も選べるように、今日から続けるんです」
勝人は一瞬黙り、それから笑った。
「やっぱり口の減らん姉ちゃんだ」
夕方。
友香は星見線のホームで想一郎と二人になった。
三か月ほど前、想一郎とぶつかったのと同じホーム。
でも、二人の間にあるものは違っていた。
想一郎が友香の鞄を見る。
「婚姻届、まだ持ってる?」
「うん」
友香は鞄からクリアファイルを取り出した。
中には、旅に出た朝からずっと持ち続けてきた署名済みの婚姻届がある。
「三か月ほど前、俺が勝手に止めた」
友香は黙って聞く。
「今度は俺が決めない」
想一郎の手が少し震えていた。
けれど婚姻届には触れず、友香を見る。
「友香は、どうしたい?」
友香は婚姻届を胸元で持った。
答えは、もう決まっている気がした。
それでも、すぐには言わなかった。
あの頃とは違う。
今度は、ちゃんと自分の言葉で選びたかった。
空乃 美晴
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紫倉 紫
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パン
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コメント
1件
いやー、第11話めっちゃ良かった…!まず目標の20.4%、ギリギリの0.4ポイント超えってところが逆にリアルで熱い。あの場面の「よっしゃあ!」って勝人の声、こっちまで嬉しくなったわ。 それ以上に刺さったのが、想一郎と友香の関係の変化。3ヶ月前なら一人で抱えて黙ってたことを、ちゃんと先に話してくれるようになってるの、成長が感じられてグッときた。しかも「どっちかが我慢する」じゃなくて「試して、話して、また選ぶ」ってスタンスになれたのが本当に大人だなって。 最後のホームのシーン、婚姻届を持ちながら「今度はちゃんと自分の言葉で選びたかった」って友香が言うところ、すごく好きです。続きが気になるけど、このエピソードだけで一つの完結感があるなって思いました!