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部屋の空気が、ぬるく重たい。晃司が出ていったあとも、扉は開けっぱなしで、
廊下の冷気がじわじわと忍び込んでくる。
遥は、布団の上で丸まったまま動けなかった。
開けたシャツ、指の痕、引っかかれた腰骨。
痛みも羞恥も、もう通り過ぎて、ただ黙って存在しているだけだった。
(……何も……聞こえない……)
と思った、そのとき。
ドス。ドス。
足音。
乱暴で、遠慮のない、慣れきった足取りが、廊下を踏み鳴らして近づいてくる。
遥の指が、かすかに震える。
──最悪の予感は、いつも当たる。
「開いてんじゃん」
声とともに、ドアがガラリと開いた。
そこにいたのは、弟──颯馬。
笑っていた。最初から、笑っていた。
「おまえ、晃司とヤったあと?」
遥は何も返せない。
だが、その沈黙さえも計算のうちだったように、
颯馬はずかずかと土足のような空気で上がり込み、
布団の端を足で踏んだ。
「汚っ。シーツ濡れてんじゃん。マジで犬みたいだな」
「……出てけ」
やっと絞り出した声は、ひどく乾いていた。
けれど、颯馬は怯まない。
むしろ、それが楽しいとでも言うように、にやりと目を細めた。
「いや。見たくなっただけ。
今のおまえが、どんなツラで犯されてるのか、興味あってさ」
そう言いながら、遥のシャツの裾をつまんでめくる。
さっき晃司に掴まれた部分が赤く腫れ、うっすら痣になっている。
それを見て、颯馬は低く笑った。
「やっば……やりすぎ。てか、おまえも喜んでたんじゃね?
声、外まで聞こえてたよ?」
遥は、何も言わなかった。
言えなかった。
それを「肯定」と受け取ったように、颯馬は指先で喉元をなぞる。
晃司の残した傷に触れながら、そっと囁いた。
「さ、次は俺の番。いいでしょ? 遥、俺にも慣れてんじゃん」
遥の身体が強ばる。
拒絶の言葉は喉まで来ていたのに、出てこなかった。
どこかで、もう知っていた。
ここは、「誰のものでもない」なんて幻想が許される場所ではなかった。
「なあ、はるか──」
ベッドの軋む音が、何より残酷だった。