フッと意識が戻るのを感じる。瞼が重くてまだ開くには億劫だったが、自分がベッドの上にいる事はわかった。なので、此処は病院なのかもしれない。
道路の真ん中で倒れた事をすぐに思い出す。きっと親切で救急車を呼んでくれた人がいて、ここに搬送されたのだろう。死んでいなかった事実に対しての安堵と、残念だなという相反する感情が心にわき、目元が険しく歪んだ。——その瞬間、眉間のシワをゆるゆると指で撫でられた。
「ねぇ、どんな夢を見てる?険しい顔してるけど」
優しい声色の低い声が耳を擽る。『誰の声だろう?』と、私は不思議に思った。
(通報してくれた人が付き添ってくれているのだろうか?だとしたら、きちんとお礼を言わなければ失礼だ)
ゆっくりと重い瞼を開き、声のした方に顔を向ける。部屋の様子が薄っすらと目に入るが、予想と全然違うからか、見慣れないせいか、何故か頭が上手く処理出来ない。でも、ベッド脇に腰掛けて私を見下ろす男性の姿はなんとなく認識出来た。
(…… 助けてくれた人、かな?)
座ってはいても分かる程大きな身体が視界を埋める。白いシャツに黒いトラウザーズを穿き、胸元のボタンを数個開けたラフな格好をした男性が、とても嬉しそうな顔で私を見ている。
黒くてサラサラとした髪は首の辺りまでと男性にしては少し長い。瞳は黒曜石かと思う程美しく煌めき、自分と同じ色だとはとても思えなかった。白い肌が透ける様に美しく、整った顔立ちは物語の主人公かと思う程だ。『あ、これ夢だ』と反射的に考えても無理は無いくらい、目の前の存在はこの世の者ではなかった。
頭から生える羊みたいな両角がより一層、『これは現実ではない』と告げている気がした。
(どうしたら目が覚めるんだろう?)
目を開ければ、夢から醒めるものじゃないんだろうか?
虚ろな瞳のまま、現実味の無い相手を見続けていると、整った顔にフッと笑みが浮かんだ。
「寝ぼけてるのかい?相変わらず可愛い、黒い瞳をしてるね。まだ眠い?もっと眠っていてもいいんだよ。僕のイレイラ…… 」
随分と、愛おしさの篭った声色だ。私の頭を撫でる手はとても優しく温かい。自然と目を閉じて、されるがままになってしまう。
一瞬この感触を知ってる様な気がしたが、そんな訳がないと心の中で頭を横に振った。
頭を撫でていた彼の手が私の耳に触れる。形を確かめる様にゆるゆるとさわられると、身体がビクッと反応してしまった。そんな私を見て、彼は嬉しそうに微笑みをこぼす。
「気持ちいいかい?撫でられるのが好きだったもんな」
誰かに撫でてもらうのなんて子供の時以来記憶に無い。しかもそれは両親や幼稚園の先生とかだけで、決してこんなイケメンから施された事などは無い。たまに見てしまう願望に溢れた夢をも含む、だ。恋愛小説を読んだ後にしてしまう、も…… 妄想くらいでは、されていたかもしれないが。
「えっと…… どなたですか?助けて、くてた方…… ですよね?」
感触まであるが、こんなありえない状況はきっと夢なのだし、そう尋ねたとて求める答えは返ってこないだろう。それでも確認したくて訊くと、予想に反して彼は答えを返してきた。
「助けてはいないかな。此処まで運んだけど、呼んだのが僕だし、それは当然だよね」
「…… 呼んだ?」
誰かに呼ばれた覚えがない。酷い頭痛で倒れはしたが、その時誰かに名前を呼ばれた記憶は無かった。もしかして、彼の言う『呼ぶ』の意味がそもそも違う事を指しているのだろうか?
「『此処に連れて来た』と言った方がいいかな?——違う世界から無理矢理引っ張ってきたからかな。何も…… 覚えていないんだね」
意味のわからない言葉が混じっていた気がしたが、分からな過ぎて流れて消えた。
「連れて、来た?」
あぁ、病院へはこの人が運んでくれたのか。救急車を呼ぶ程では無かったという事か。申し訳ないとは思いつつも、それはありがたいと感謝の気持ちが胸に湧いた。
(病院…… ん?いや待って、此処って本当に病室か?)
そう改めて思った瞬間、ぼんやりしていた意識が、急に一気に醒める。そして慌てて周囲を見渡して、私はこの室内に対して愕然としたのだった。
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