次の日真子が工房へ出勤すると、まだ美桜は来ていなかった。
美桜の自宅は工房から徒歩五分の距離なので、普段はいつも美桜が先に来ている。
しかし今日はまだ来ていない。
(美桜ったら寝坊でもしたのかな? あっ、そうか! 昨日は健次さんとデートだったのよね。それで遅いのか…)
真子はフフッと微笑むと、工房の窓を全部開けて空気を入れ替える。
今日は染色教室がない日だったので、自分の作品作りに没頭できる。
実は真子は、今年の秋に開催される『全日本藍染コンテスト』への出品を考えていた。
今はそれに向けての試作品作りに専念している。
藍染というと、濃紺色の古典的な柄をイメージしがちだが、
真子はその藍染のイメージを覆すような染物を作りたいと思っていた。
そして将来は、自分で染めた藍染や草木染の布を使い、服やファッション小物を仕立てたいとも思っていた。
その為に、真子は以前洋裁教室へ通っていた。
たまたま大学時代の友人の母親が自宅で洋裁教室を開いていたので、三年間そこへ通った。
自分で染めた布を使い、出来れば希少性の高い一点物の服を作る。
それをネットで販売するのだ。
可能ならば、自分のブランドを作りきちんとした形で販売したいと思っている。
もしその夢が叶えば、自宅でマイペースに仕事が出来る。
もしその製品にリピーターやお得意様がつけば、受注販売という形だって取れる。
好きな事を仕事にしたいと思っている真子は、なんとかその夢を叶えられるようにと日々頑張っていた。
そして今工房でやっている事は、全てそれに向けての準備だった。
真子は藍の生葉を持って来るとミキサーにかけた。そして小さく砕かれた藍の葉を使い、染液を作り始める。
藍染の技法は、生の葉を使う『生葉染め』と藍の葉を発酵させて使う『藍建て』という二種類の方法がある。
既製品でよく見られる藍染は濃紺色の物が一般的だが、これは『藍建て』で染めている。
真子が今やっている『生葉染め』は『藍建て』とは違い、淡いスカイブルーに染まる。
その優しい色合いに魅せられた真子は、
藍染としてはまだあまり知られていない『生葉染め』での作品を作ろうとしていた。
染液が出来ると、真子は生成りのシルクの布をゆっくりと染液に沈めていく。
これで時間を置けば、綺麗なスカイブルーに染まるはずだ。
作業が一段落したところで真子は時計を見た。
もう10時を過ぎているというのに、美桜はまだ来ない。
心配になった真子は、スマホを取り出し美桜に電話をかけた。
すると呼び出し音は鳴るが美桜はなかなか出ない。
(まさか、まだ健次さんと一緒なのかな?)
もしそうなら邪魔をしても悪いと思い真子は慌てて電話を切ろうとしたが、切る直前に通話が繋がった。
「美桜? どうしたの今日は?」
すると、美桜が鼻をすする音が聞こえた。
「ごめん、真子……今日休んでもいい?」
「うん、今日は教室はないから大丈夫だけど、どうしたの? 風邪でも引いた?」
「ん……違うの……」
「え? だってすごい鼻声だよ? 大丈夫なの?」
真子は元気のない美桜の様子が心配になる。
美桜はいつも太陽のように明るくて元気な子だ。それなのに今日の美桜は様子がおかしい。
「ねえ? 具合が悪いなら私行くよ?」
「違うの…真子…違うんだよ……」
「じゃあどうしたの?」
「……別れたの…健次に振られたの…」
そこで美桜は嗚咽を漏らして泣き始めた。
「…………」
真子は信じられなかった。
美桜と健次は学生時代からの長い付き合いなので、二人の関係は安定していてまるで夫婦のように自然だった。
真子の予想ではそろそろ結婚の話が出る頃なのでは? とも思っていた。
健次は札幌在住で、美桜は今、岩見沢だ。
それでも日帰りで会える距離なので、特に距離が問題な訳ではない。
美桜の話では、健次の方から別れを切り出したと言った。
それも不思議だった。
なぜなら、二人の関係はどちらかというと健次の方が美桜にぞっこんだったからだ。
同性の真子から見ても、美桜は健次にとって良い彼女だったと思う。
いつも健次の事を考え、健次に尽くしていた。
そしてそんな美桜に対し、健次はちゃんと愛情を返していたように思う。
それなのになぜ……
その後、真子は一度工房を閉めるとすぐに美桜の家へ向かった。
コメント
2件
それと真子ちゃんの夢は自分で作った布を作品にしてネットで販売することなんだよね⁉️ それならパソコン💻さえあればどこででもお店が開けると言うことだから、もしかしたら岩見沢で拓君との再会を果たしたからこの先は2人で神奈川で拓君の生活と共に歩むのもアリなのでは⁉️真子ちゃん❣️
突然の美桜ちゃんの失恋話💔🫢💧 どうしたんだ⁉️何があって⁉️ でも美桜ちゃんに尽くされてた健次がつまみ食いしちゃったか、浮気しちゃった⁉️ どちらにしてもただならぬ様子の美桜ちゃん‼️ これはしっかりと真子ちゃんがサポートして話を聞いてあげて🙏