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放課後の相談室は、窓の外の光がゆっくりと傾いていた。
空気は静かで、時計の音だけがやけに大きく響いている。
ドアが小さく開いて、一人の男子が入ってきた。
顔を上げず、手のひらをぎゅっと握りしめている。
「……前にさ、人を傷つけたことがあるんです」
その声は、震えていた。
遥は机の端に腰を下ろしたまま、言葉を挟まなかった。
ただ、相手が話し出すのを待っていた。
「仲良かった友達がいて……ある日、無視されたんです。
腹が立って、クラスの子の前でその子の悪口を言った。
ほんの一言だけだったのに、次の日からその子、学校に来なくなって。
……それから、ずっと戻ってこなかった」
静寂が、部屋を包んだ。
男の子は、うつむいたまま続ける。
「謝ろうと思っても、もう遅くて。
時間が経つほど、あの時の自分が怖くなるんです。
“あの瞬間”を何度も思い出して、消えたくなる」
遥は小さく息をついた。
机の上に置いたペンを指で転がしながら、ぽつりと口を開いた。
「俺も、似たようなことある」
少年が顔を上げる。
遥は窓の外を見つめたまま、淡々と続けた。
「言えなかった。助けなきゃって思ってたのに、何もできなかった。
“自分には何もできない”って言い聞かせて、逃げた。
……今でも、その時の顔が消えない」
風が、カーテンを少し揺らした。
淡い光が遥の頬にかかる。
その表情は、どこか遠くを見ていた。
「でもさ」
遥はゆっくりと言葉を選ぶようにして言った。
「後悔って、“優しくなろうとした証拠”なんだと思う。
あの時、傷つけたことを本気で悔やんでるなら、
もう同じことはしないで済む。
それだけで、あの時の自分とは違うんだよ」
少年は何も言わなかった。
けれど、その拳の力が少しだけ抜けていた。
「もし、もう一度会えるなら、謝ればいい。
もし会えないなら、自分の中で“もう一度やり直す”ことだってできる。
あの時守れなかった誰かを、次に守ればいい」
遥はそう言いながら、目を閉じた。
「過去って、変えられないけど、意味は変えられる。
“あの時の自分”がいたから、今ここにいるんだよ」
少年はゆっくり頷いた。
「……そうなれるかな」
「なれるよ」
遥は少しだけ笑った。
「後悔を、ただの傷のままにしないなら」
沈黙が、また落ちた。
けれど、それは重たいものではなく、
少しだけあたたかい余韻を残していた。