コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
放課後の光が、窓の縁でゆっくりと傾いていた。
カーテンの影が床をなぞる。古びた時計の音だけが、部屋の静けさを刻んでいる。
相談に来たのは、制服の袖をいじりながら俯いている女子生徒だった。
声はかすれていて、それでも吐き出すように言った。
「“強くなれ”って、ずっと言われてきました。
親にも、先生にも、友達にも。
でも、強くなんてなれない。……なり方がわからないんです」
遥は何も言わず、少しだけ息を吸った。
その横顔には、疲れとも諦めともつかない影が落ちている。
「“強くなれ”って言葉、俺も嫌い」
「え……」
「それって、言う側が安心するための言葉だと思うんだ。
“もう大丈夫だよね”って勝手に区切りをつけるための」
少女は顔を上げた。驚いたような目で、でもすぐに視線を落とす。
遥は続けた。
「強さって、たぶん“泣かないこと”とか“立ち直ること”じゃない。
本当の強さってさ、“まだ壊れてない自分を守ること”なんだと思う」
少女の手が止まる。
「……壊れてない自分?」
「うん。
たとえば、誰かに酷いことされて、もう何も信じられなくなっても、
“それでも誰かを信じたい”って思える気持ちが、まだ残ってる。
それって、ちゃんと生きてる証拠だよ」
少し間が空いた。
少女の目の端に、かすかな涙が光った。
「でも、もう無理かもしれない。
何回も頑張ったのに、また潰れて……そのたびに“もっと強く”って言われる。
頑張れない自分が、いちばん嫌いで」
遥は小さく首を振った。
その仕草には、どこか痛みのような優しさが混じっていた。
「強くなるんじゃなくて、もうこれ以上壊れないようにでいいと思う」
言葉を選ぶように、ゆっくりと。
「俺も今、毎日それだけ考えてる。
誰かに勝とうとか、立ち上がろうとかじゃなくて――まだ息してる自分を守ること」
少女はしばらく黙っていた。
でも、その沈黙は重くなかった。
窓の外で、夕日が赤く傾く。
その光の中で、彼女が小さく笑った。
「……“壊れないように”か。
それなら、もう少し、生きてみてもいいかもしれない」
遥はそれを見て、ほんの少しだけ、目を細めた。
「うん。強くならなくてもいい。
ただ、今日を終える。それが、いちばんの強さだと思う」