その後二人は大輔の家に行った。
瑠璃子が持ってきたガトーショコラを切り分けている間に、大輔がコーヒーを淹れてくれる。
そして二人は向かい合ってケーキを食べ始めた。
「すごく美味しいよ」
「お口に合って良かったです」
瑠璃子は嬉しそうに微笑む。
大輔はケーキを食べながら、これまでの事についてをゆっくりと話し始めた。
大輔と瑠璃子が初めて会ったあの夏、大輔は祖母の家に泊まりに来ていた。
普段大輔は祖母の家に日帰りで来ていたが、あの夏は親友が自殺した直後で大輔も色々と思い悩んでいた時期だったので、気分転換を兼ねて祖母の家に長期滞在していた。
このまま医学の勉強を続けるべきか? それとも大学を辞めて別の道へ進むべきか? 大輔は精神的にかなり追い詰められていた。そんな時幼い瑠璃子と出逢った。
大輔は瑠璃子の相手をしているうちに徐々に心が軽くなっている事に気付く。純真無垢で無邪気な瑠璃子と接していると心が洗われるような気がした。
そんな時大輔は瑠璃子に父親がいない事を知る。瑠璃子の父は病でこの世を去ったと祖母から聞かされたのだ。
その時の大輔はこんな風に思う。こんなにも幼くていい子が病によって父親と引き裂かれるような事があってはならないと。大輔は怒りにも似た気持ちが湧き上がってきたのを今でも覚えていた。
そして更に衝撃的な事件が起こる。瑠璃子の祖母が突然目の前で倒れたのだ。
その瞬間大輔は咄嗟に身体が動いて、気付くと瑠璃子の祖母に救命処置をしていた。大輔の素早い救命処置のお陰で瑠璃子の祖母は一命を取りとめた。その事実は大輔に大きな自信を与える。
その後大輔は医学部での勉強を続け医者になる決心した。そして大輔は現在名医として多くの命を救っている。
つまり大輔が医師として活躍出来ているのは、全て瑠璃子と瑠璃子の祖母のお陰だったのだ。
その後大輔が瑠璃子に再会したのは、瑠璃子の祖母の葬儀の場だった。
久しぶりに見る瑠璃子は高校3年生になっていた。
葬儀の間中、悲しみに暮れた瑠璃子はずっと泣いていた。そんな瑠璃子を見て大輔は心配でしょうがなかった。
幼い時に父親を病で失い、今度は大好きな祖母まで失ったのだ。大輔はその理不尽さに胸が痛んでいた。それと同時に瑠璃子の事を愛おしく思う自分に気付く。
「思えばあの時恋に堕ちたのかもしれない」
大輔は少し照れたように言った。
「じゃあどうしてその時に言ってくれなかったの?」
「だって君はまだ高校生だったんだよ? 若過ぎたんだ。それにまだ記憶も戻っていなかったしね」
おそらくその時大輔は決心したのだろう。まだ若過ぎる瑠璃子に対し『そっと見守るだけの愛』を貫こうと。
そして大輔は東京の大学病院へ講師として呼ばれた時の事を瑠璃子に話し始めた。
駅から病院へ向かうタクシーの中から、大輔は構内を歩いている瑠璃子を見つけた。そしてその瑠璃子が自分の講義を受講しに来たので更にびっくりしたと言った。
「あの時廊下でぶつかりましたよね?」
「うん。でも君はまだ僕の事を思い出していなかったよね?」
「はい……」
タクシーの中から瑠璃子を見つけた時大輔があまりにも大きな声を出したので、同乗していた恩師の村田に色々と聞かれて全てを話したと大輔は言った。
「城南大学病院の村田先生……? お名前だけは知っています。確か教授でしたよね?」
「そう。実は君が大学病院を辞めたのは村田先生から聞いたんだ。村田先生はあれから君に関する知り得る情報を僕に教えてくれていたんだ」
「全然気付きませんでした。でも村田先生が何でそこまで?」
「それはね、君が僕を医師への道へ引き戻してくれたと思っているからじゃないかな?」
瑠璃子は小さく頷いた。
「君が病院を辞めたところまでは聞いたんだけど、その後の手掛かりがさっぱりでね。実はあの日も学会が終わった後村田先生に会いに行ってたんだ。でも何の手掛かりもなくて……そうしたら羽田空港のカフェで君とぶつかった……運命ってあるんだなって初めて思ったよ」
大輔は穏やかに微笑む。
「でも先生は最初私の事わからなかったでしょう?」
「うん、名前が違ったからね。よく似た別人だと思ってた」
「じゃあいつわかったんですか?」
「談話室で君が患者さんと話している時に前を通りかかってね。そこで君が『瑠璃子さん』と呼ばれているのを聞いて気付いたんだ」
瑠璃子は納得する。確かあの後裏庭で大輔に名前の事を聞かれた覚えがある。
瑠璃子はもう一つ気になっていた事を大輔に聞いた。
「うちの母に会った時も気付かないふりをしていたのですか?」
「うん、記憶が戻っていないのに刺激を与えるような行為は良くないと思ったし、君のお母さんも気付いていないようだったからあえて知らないふりをさせてもらった」
そこまで気を遣っていてくれたのかと瑠璃子は胸が熱くなる。
「先生はいつも私の事をそっと見守っていてくれたんですね」
「今まではね。でもこれからは瑠璃ちゃんの傍でずっと見守っていくつもりだよ」
大輔は優しい眼差しで瑠璃子を見つめる。
「瑠璃ちゃんこっちへおいで」
傍へ行くと大輔は瑠璃子を膝の上に座らせて、瑠璃子の胸に顔を埋めた。
そんな大輔の頭を瑠璃子は愛おしそうに撫でる。
そこで瑠璃子はもう一つ重大な事を思い出しニッコリしながら大輔に言った。
「ところで先生、『promessa』さんの小説は一体いつになったら更新されるのですか?」
びっくりした大輔は思わず顔を上げた。
「えっ? 瑠璃ちゃん何で知ってるの?」
大輔はかなり動揺しているようだ。
「私『promessa』さんの小説の大ファンなんです。東京にいた頃からずっと読んでいました」
そこで大輔はやっと状況を把握したようだ。
「ハハハ、参ったな」
大輔がいつものセリフを言ったので、瑠璃子は声を出して笑った。
***
それから一年の月日が過ぎた。
「ごめんなさい先生、寝坊しちゃいました。今日はお弁当なしでもいいですか?」
瑠璃子はパジャマのまま慌ててリビングへ来ると申し訳なさそうに言った。
するとコーヒーを飲んでいた大輔が瑠璃子の傍へ来る。
「いいよ。今日は久しぶりに正子さんの所で買うから。最近全然来ないって前に言われちゃったし」
「すみませんっ」
うつむく瑠璃子の頬にチュッとキスをした大輔は、瑠璃子の大きくなり始めたお腹に手を当てる。
「それよりも慌てて転んだりしないように!」
「はーい、気をつけまーす」
「じゃあ行ってくるよ」
大輔が玄関に向かったので瑠璃子もついていく。
玄関の壁には夏のラベンダーの丘を描いたりっぱな絵画が飾られていた。
絵画の右下には江藤のサインが入っている。
この絵は江藤が二人の結婚祝いに描いてくれたものだ。
「あ、先生! 今夜は江藤家でのお食事会ですから遅れないようにして下さいね」
「了解」
靴を履いた大輔はもう一度妻にキスをする。しかしキスはいつまでたっても終わらない。
瑠璃子はクスクスと笑いながらなんとか大輔から逃れると言った。
「岸本先生、遅刻しますよ!」
「おっと、もうこんな時間か。じゃあ行って来るよ」
大輔は軽く手を挙げると玄関を出て行った。
今年も岩見沢には真白な雪が降り積もっている。
この時期、二人が暮らすこの家は静寂に包まれていた。
その日の午後、瑠璃子はソファーに座り編み物をしていた。
穏やかに微笑む瑠璃子の傍では、柔らかな温もりを放つ薪ストーブの炎がパチパチと優しい音を奏でていた。
<了>
コメント
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マリコ先生 だいぶ遅ればせながら 素敵なお話ありがとうございました☺️朝から胸熱です🥹💓💓💓大輔先生の大きな愛に包まれて瑠璃ちゃん幸せで私も嬉しいです☺️
瑠璃マリ先生 完結 おめでとうございます🎉 毎素敵な瑠璃ちゃんと大輔さんに、毎日夕方の更新が楽しみでいました😊 今日は、帰宅しても更新が無いと思うとロスしています😭 出産後の幸せ家族のお話しも見てみたいと思う今日この頃^_^ また、新たなストーリーも楽しみにしています。 今まで本当に有難うございました🙇
瑠璃マリコ先生、完結、ありがとうございました。そして、お疲れ様でした。リクエストに応えて、この作品を載せて頂いて本当にありがとうございます。また次のお願いなのですが以前のところで読み始めていて最後まで読めなかったperfect loveというタイトルだと思うんですが、これも是非お願い致します。ゆっくりで構いませんので、お願いします。