テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#恋愛
ばたっちゅ
4,548
成瀬りん
148
#怪異
215
第十一章 月の故郷
第三話 村を覆う黒い霧 前編
すっかり夜も更けていた。
窓の外には大きな月が浮かんでいる。
ほとんど真円に近いその光は、村を青白く照らし出し、同時に照らされたもの全てに深い影を落としていた。
ジントは窓辺に立ったまま、じっと夜の闇を見つめている。
その黒い瞳がゆっくり細められた。
「……瘴気が、濃くなってきている」
静かな呟きだった。
部屋の中には重い沈黙が落ちる。
ミストア村は強力な結界に守られている。
そのおかげか今のところ大きな騒ぎは起きていない。
だが外は異様なほど静まり返っていた。
家々の灯りはほとんど消え、通りに人影はない。
北門付近では、見張りの兵士達が武器を手に緊張した空気を漂わせている。
予想はしていた。
満月前夜。
ーーまた来る。
ハヤトは椅子から立ち上がると、窓際のジントの隣へ歩み寄った。
「大丈夫か?」
ジントが視線を向ける。
「昨日みたいに、無茶はするなよ」
穏やかな声だった。
けれどその奥には確かな心配が滲んでいる。
ジントは小さく頷いた。
「……うん」
その時だった。
遠く北門の方で兵士達が慌ただしく動き始める。
数人が一斉に武器を構え、見張り台へ視線を向けた。
張り詰めた空気が夜気を裂く。
ジントの表情が変わる。
「行こう」
素早くフードを被り、部屋の扉を開けた。
廊下へ出ると、ちょうど他の三人も部屋から姿を現していた。
互いに顔を見合わせ無言で頷き合う。
そして5人は北門へ向かって駆け出した。
宿屋を出た瞬間。
「……っ」
ジントが思わず息を呑む。
空気が重い。
瘴気が想像以上に濃かった。
それは村の外から近付いてくる魔物だけのものではない。
村人達の不安。
怯え。
恐怖。
眠れぬ夜に押し潰されそうな感情。
それらが目に見えぬ霧のように漂い、静かにジントへ引き寄せられてくる。
胸の奥がざわつく。
呼吸が浅くなる。
けれどジントは深く息を吸い込み、それらを静かに受け入れた。
逃がさないように。
飲み込まれないように。
その隣へ並んだダイチが、強い声で言う。
「ジント。俺たちがちゃんと守るからな!」
真っ直ぐな言葉だった。
ジントは一瞬目を丸くし 、やがて柔らかく微笑む。
「……うん」
北門へ辿り着く。
見張りの兵士達は、5人の姿を見るなり安堵したような顔をした。
「ハヤト殿下!」
門兵の一人が慌てて駆け寄る。
「見張り台から連絡が入りました! 複数の魔物が、こちらへ向かっています!」
「数は?」
「十ほどです!」
ハヤトが振り返る。
「行くぞ!」
門が軋む音を立てて開かれる。
5人は夜の外へ飛び出した。
冷たい風が吹き抜けた。
ハヤトとジュウタロウは素早く馬へ跨る。
ダイチは拳を握り締め、シュンタはリュートを構えた。
そしてジントは、静かに夜の先を見つめる。
闇の奥。
森の境界線から、ゆっくりと“それら”が現れ始めていた。
赤黒い眼。
歪んだ四肢。
瘴気を纏った異形達。
十体ほどの魔物が、低い唸り声を上げながら村へ向かってくる。
月の光が、その姿を不気味に照らし出した。
ハヤトが剣を抜く。
「迎え撃つ!」
次の瞬間。
5人は一斉に駆け出した。
満月間近の月光が、草原を青白く照らしている。
村の外へ出た途端空気は一変した。
濃い瘴気。
生臭い気配。
耳障りな唸り声。
森の奥から現れた魔物達は、獣のような四足のもの、人型に近いもの、黒い泥のように蠢くものまで様々だった。
赤黒い眼だけが、異様にぎらついている。
「散開!」
ハヤトの声が飛ぶ。
次の瞬間、彼自身が真っ先に前へ出た。
巨大な太陽属性の大剣が、月光を反射して眩く輝く。
「はぁっ!!」
横薙ぎに振り抜かれた一撃。
黄金色の斬撃が夜を裂き、先頭の魔物二体をまとめて吹き飛ばした。
だがその奥からさらに魔物が迫る。
「右、来るぞ!」
馬上のジュウタロウが静かに剣を抜いた。
細長い氷剣が月光を受け、青白く輝く。
次の瞬間、地面へ剣先を滑らせた。
「凍てつけ!」
地を走る冷気。
草原が一瞬で白く染まり、迫っていた魔物達の脚が氷に呑まれる。
動きが止まった隙へ
「どけぇぇっ!!」
ダイチが飛び込んだ。
拳へ雷光が迸る。
轟音と共に叩き込まれた拳撃が、氷ごと魔物を粉砕した。
さらに着地と同時に地面へ手をつく。
足元から水流が渦を巻き、後ろから迫った魔物を蹴り上げる。
だが
「まだ来る!!」
シュンタの声。
森の闇から新たな魔物が飛び出した。
一直線に狙っているのは、ジント。
ジントの周囲へ瘴気が集まり始めている。
魔物達は本能的に“還る先”を求めていた。
「ジント!!」
ダイチが叫ぶ。
だが別方向の魔物に足止めされ、間に合わない。
黒い爪が、ジントへ迫る。
その瞬間
――ギィンッ!!
夜気を震わせる鋭い音が響いた。
シュンタだった。
赤いリュートを強く掻き鳴らしている。
いつもの柔らかな音色ではない。
低く、激しく、空気を裂くような旋律。
「――っ!?」
シュンタ自身が目を見開く。
音が、“形”になっていた。
赤い音の奔流が、炎のような軌跡を描き、ジントへ飛び掛かった魔物を正面から吹き飛ばす。
ドォォォン!!
魔物の身体が大きく弾け飛び、地面を転がった。
一瞬、戦場が静まる。
「……え?」
シュンタが呆然と呟く。
ダイチも目を見開いていた。
「今の……」
ハヤトが口角を上げる。
「やるじゃないか、シュンタ!」
シュンタはまだ自分の手元を見ていた。
リュートの弦が、赤熱するように淡く光っている。
胸の鼓動が速い。
ただ一つだけ、分かる。
――守りたかった。
その感情が、音を変えた。
ジントは吹き飛ばされた魔物を見る。
その身体から、黒い瘴気が溢れ出していた。
苦しげな声。
歪んだ感情。
恐怖。
憎悪。
悲しみ。
全てがジントへ流れ込んでくる。
「……っ」
胸が痛む。
だが逃げない。
ジントは静かに両手を伸ばした。
月光をその手に宿すように。
全てを受け止めるように。
瘴気がゆっくりと吸い寄せられ、ジントの中へ流れ込んでいく。
苦しみに満ちていた魔物と目線が交わる。
その瞳が、ようやく帰れる、とでも言うように穏やかに揺れた気がした。
た。
コメント
1件
うわ、今回のエピソードすごく良かった……! 満月前夜の静けさと緊張感が冒頭からビシビシ伝わってきて、もう夜風の冷たさまで感じるみたいだった。特にシュンタのリュートが初めて“形”になった瞬間、鳥肌立ったよ。あの「守りたかった」っていう感情が音を変えた描写、本当に熱い。そしてジントが瘴気を吸い込んで、魔物の苦しみごと受け止めるシーンは胸が締め付けられた。後編、どうなるんだろう……。