テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第十一章 月の故郷
第四話 村を覆う黒い霧 後編
夜の草原へ激しい戦闘音が響き渡る。
黄金の光を宿したハヤトの大剣が夜闇の中へ軌跡を描き、魔物を薙ぎ払う。
地を覆うジュウタロウの氷が迫る異形達の動きを封じ、銀の剣閃がその隙を貫いた。
そして
「おらぁぁぁっ!!」
雷光を纏った蹴りが、魔物の胴を吹き飛ばす。
着地と同時に身体を捻る。
水のように滑らかな動き。
次の瞬間には、別方向から飛び掛かった魔物の懐へ潜り込んでいた。
拳へ雷が迸る。
轟音を響かせ、魔物が地面へ叩き付けられる。
だが
「っ……多いな!」
ハヤトが舌打ちする。
森の奥にさらに赤い眼が浮かび上がっていた。
次から次へと魔物が現れる。
まるで満月に呼び寄せられているかのように。
シュンタがリュートを掻き鳴らす。
鋭い旋律が夜へ走り、魔物達の動きが鈍る。
だが完全には止まらない。
「キリないでこれ……!」
その時だった。
――バキィンッ!!!
遠く、西側から甲高い破砕音が響いた。
全員の動きが止まる。
次の瞬間、村全体を覆っていた淡い光の膜へ亀裂が走った。
「……結界が!?」
ジュウタロウが目を見開く。
亀裂は蜘蛛の巣状に広がり、砕け散った。
無数の光の欠片が、夜空へ舞い上がる。
直後、西門方向から村人達の悲鳴が響き渡った。
「きゃああああっ!!」
「魔物だ!!」
「逃げろ!!」
ハヤトが振り返る。
「西門が破られたのか……!」
「村の中へ魔物が侵入したぞ!!」
門の内側にいた兵士が叫ぶ。
ジントの表情が強張る。
村の方からどっと感情が流れ込んできた。
恐怖。
絶望。
助けを求める叫び。
泣き声。
混乱。
胸の奥へ直接叩き込まれるような感覚に、ジントが思わず息を呑む。
「……っ」
視界が揺れる。
苦しい。
だが
「ジント!!」
振り返るとダイチが真っ直ぐこちらを見ていた。
「俺が守る!!」
力強い声だった。
「だから、お前はちゃんと立ってろ!!」
その言葉にジントは小さく目を見開く。
そして
「……うん」
弱々しくも、確かに頷いた。
ハヤトが即座に指示を飛ばす。
「ジュウタロウ! 北門は兵士達と維持しろ!」
「了解」
「シュンタは村内部援護!」
「わかった!」
「ダイチ、ジントを頼む!」
「任せろ!!」
5人は一斉に駆け出した。
西門付近はすでに地獄だった。
門は半壊し、結界柱が砕けている。
侵入した魔物が家屋へぶつかり、木壁が割れる。
激しい音とともに家が大きく揺れた。
中から子供の泣き声が響いた。
「お母さん!!」
「いやぁぁっ!!」
家から飛び出した村人達が混乱の中を逃げ惑う。
そこへ魔物が迫る。
「危ないっ!!」
ダイチが地面を蹴った。
脚に纏った水流がしぶきを上げる。
次の瞬間には村人の前へ飛び込んでいる。
拳を振り抜く。
雷光のような一撃が魔物の顔面を叩き砕いた。
「早く逃げろ!! 教会の方へ行け!!」
村人達が震えながら走り去る。
だが別方向から、さらに魔物が飛び出した。
「くそっ……!」
ダイチは再び駆ける。
守らなければ。
ジントを。
この村を。
泣いている人達を。
その想いだけで身体が動いていた。
一方。
ジントは村の中央で立ち尽くしていた。
流れ込んでくる感情が多すぎる。
恐怖。
悲鳴。
痛み。
絶望。
瘴気が空気を覆い、黒い霧のようにジントへ集まり始めていた。
呼吸が苦しい。
胸が痛む。
それでも。
「……還さなきゃ」
ジントはゆっくりと手を伸ばす。
闇に沈んだ者達を、帰る場所へ導くために。
月明かりがその姿を静かに照らし出した。
それは月光が形を成して、静かにそこへ立っているようだった。
村の中へ侵入した魔物達は、なおも暴れ続けていた。
砕けた木壁。
倒壊した荷車。
悲鳴。
泣き声。
逃げ惑う人々。
夜の静寂に包まれていたミストア村は、今や混乱の渦に呑まれている。
その中心でジントは静かに目を閉じた。
黒い瘴気が渦を巻くように身体へ集まってくる。
重苦しい村人達の恐怖まで流れ込んできて、胸の奥が締め付けられる。
それでも、ジントはゆっくりと呼吸を整えた。
逃がさないように、飲み込まれないように、意識を集中する。
吸収しなければ。
そして。
苦しんでいるなら。
早くーー。
「……還してあげなきゃ」
小さく呟く。
その周囲へ魔物達が次々と集まってくる。
まるで、月の引力に引き寄せられるように。
それを見た村人が怯えた声を漏らした。
「な、なんだあいつ……!」
「魔物が……集まって……」
「まさか……呼び寄せているのか……?」
不安と恐怖が混ざった視線がジントへ向けられる。
その言葉は確かに耳へ届いていた。
けれど今のジントには、それに反応する余裕などなかった。
否定する力も。
傷付く余裕も。
ただ目の前の苦しみを受け止めることだけに、全ての意識を向けていた。
「ジント!!」
ダイチの叫び。
次の瞬間、飛び掛かってきた魔物を雷を纏った蹴りが吹き飛ばす。
「シュンタ!! 左や!!」
「分かってる!!」
赤いリュートが鋭く鳴り響く。
激しい旋律が空気を震わせ、迫っていた魔物達を赤い炎の衝撃波が吹き飛ばす。
だが、数が多い。
一体倒しても次が来る。
次々と、終わりなく。
「くっ……!」
ダイチが息を荒げる。
腕にはすでに浅くない傷が増えていた。
それでも前へ出る。
ジントへ近付く魔物を一体たりとも通さないように。
その時だった。
「きゃああっ!!」
近くで少女の悲鳴が響く。
振り向くと、崩れた家屋の近くで宿屋の娘が転倒していた。
逃げ遅れたのだ。
目の前には巨大な魔物。
黒く濁った牙を剥きゆっくり少女へ迫っている。
少女は腰が抜けたように動けない。
「……っ!!」
シュンタが地面を蹴る。
素早く距離を詰め、少女を抱えて飛び退く。
「はあぁぁっ!!」
そしてダイチの渾身の拳撃。
轟音と共に魔物の身体が大きく揺れる。
だが完全には倒れない。
瘴気を撒き散らしながら、なおも立ち上がろうとする。
ジントが静かに手を伸ばした。
銀色の光。
魔物の身体から溢れた瘴気が、ゆっくりとジントへ吸い寄せられていく。
断末魔のような感情。
苦痛。
悲しみ。
怒り。
全てを受け止めながら、ジントは目を閉じた。
やがて魔物の身体が崩れ落ちる。
少女はその光景を、呆然と見つめていた。
黒い瘴気を受け入れるジント。
月光の中に立つその姿は、どこか人間離れして見える。
「大丈夫か?」
シュンタが少女の顔を覗き込む。
「あ……」
「ほら、早く教会の方行き。まだ危ないから」
少女は震えながら頷いた。
けれど最後にもう一度だけ、ジントを振り返る。
その瞳には戸惑いと恐れ。
そして複雑な迷いが混ざっていた。
その頃。
北門ではなお激しい戦闘が続いていた。
兵士達も必死に剣を振るっている。
だが疲労は隠せなかった。
一人、また一人と膝をつく。
「くそっ……!」
ハヤトが大剣を振り抜く。
黄金の斬撃が魔物を吹き飛ばした。
その横をジュウタロウが滑るように駆け抜ける。
細長い氷剣が月光を反射した。
魔物の首筋へ、鋭い刺突が吸い込まれる。
凍気が一気に広がり、内部から凍結。
魔物の身体が砕け散った。
さらに次の一体へ踏み込む。
無駄のない剣筋。
氷を纏った斬撃が夜気を裂く。
だが
「……まだ来るか」
ジュウタロウが静かに眉を寄せた。
森の奥、なおも無数の赤い眼が蠢いている。
終わりが見えない。
一方、西側。
ダイチは荒い息を吐いていた。
肩や腕から血が流れている。
それでも立つ。
魔物が来る。
迎え撃つ。
また守る。
その繰り返しだった。
「っ……はぁ……!」
膝が軋む。
だが前へ出る。
その姿を、ジントは見ていた。
傷だらけになりながら、それでも自分を守ろうとするダイチ。
『俺たちがちゃんと守るからな!』
先ほどの言葉が脳裏に蘇る。
ーー違う。
ジントの瞳が揺れる。
違うんだ。
守られてばかりじゃ駄目だ。
ダイチだけに背負わせちゃいけない。
ハヤトも。
ジュウタロウも。
シュンタも。
みんな限界が近い。
なら――。
ジントはゆっくり前へ出た。
月光が黒い髪を照らす。
そして静かに目を閉じる。
「……オレが」
小さな声。
「……オレが、みんなを守るんだ……!」
その瞬間、ジントの周囲へ集まっていた瘴気が、今までとは違う流れを見せた。
ジントの足元で月光が静かに揺らめいていた。
風が止む。
村中を覆っていた悲鳴や戦闘音が遠くなったような感覚。
ジントはゆっくりと息を吸い込む。
胸の奥が熱い。
苦しい。
怖い。
それでも。
逃げたくない。
守りたい。
その想いだけを、静かに抱き締める。
そして、目を開いた。
黒い瞳が月光を映して淡く輝く。
次の瞬間、周囲の瘴気が一斉にジントへ流れ始めた。
「……っ!?」
シュンタが目を見開く。
空気が変わった。
村中へ漂っていた黒い霧が、渦を巻くようにジントへ集まり始めている。
それはまるで巨大な潮流だった。
闇が、瘴気が、帰る場所を求めるように、彼へ集まっていた。
「ジント!!」
ダイチが叫ぶ。
だが止まらない。
魔物達までもが動きを変える。
咆哮を上げながら、一斉にジントへ向かって駆け出した。
「来るぞ!!」
ハヤトの声が飛ぶ。
北門からも魔物が雪崩れ込んでくる。
ジュウタロウが氷剣を振るった。
鋭い刺突。
さらに足元へ冷気を走らせ、迫る魔物の脚を止めた。
「ハヤト!」
「ああ!」
ハヤトが馬を駆る。
巨大な大剣へ黄金の光が宿る。
「道を開ける!!」
振り下ろされた斬撃が、魔物の群れをまとめて吹き飛ばした。
だがその隙間を縫うように、なおも魔物が迫る。
西門ではシュンタがリュートを掻き鳴らしながら、ジントの姿を見つめていた。
目の前にいるのは、いつも静かで。
何を言われても怒らなくて。
自分のことより、誰かの心配ばかりしている仲間、ジント。
そのジントが今、誰よりも苦しみながら、それでも全てを受け止めようとしている。
「……ジンちゃん」
小さく名前を呼ぶ。
届くはずのない声。
シュンタはリュートを強く握り直した。
「一人で背負ったらあかんで……!」 真っ直ぐな願いだった。
次の瞬間、さらに力強い赤い旋律が夜へ響く。
炎のような音の波が、ジントへ近付こうとする魔物を弾き飛ばした。
シュンタ自身も驚くほど強い音だった。
「俺らがおるから」
呟きながら、シュンタは再び弦を鳴らした。
ジントが受け止めているものを、少しでも軽くするために。
その傍では、ダイチが全身へ雷を纏っていた。
流れる血など気にしていない。
「ジントには……近付かせん!!」
拳を叩き込む。
雷鳴。
魔物が吹き飛ぶ。
さらに身体を低く沈め、水のように滑らかに次の攻撃を繰り出した。
そのまま回転蹴り。
雷光が夜を裂き、魔物の胴を叩き砕く。
だが数が多すぎる。
息が切れる。
腕が重い。
視界が揺れる。
それでも前へ出る。
ジントを守るために。
その時。
ジントの身体が大きく震えた。
「っ……!」
瘴気が多すぎる。
村人達の恐怖。
魔物達の苦痛。
憎しみ。
絶望。
無数の感情が、一気に流れ込んでくる。
胸の奥へ直接ねじ込まれるような感覚。
苦しい。
頭が割れそうだった。
視界の端が黒く染まっていく。
でも
――守るんだ。
ジントは歯を食いしばった。
その瞬間、月光が爆発するようにジントの体から光が溢れた。
「なっ……!?」
兵士達が息を呑む。
銀色の光が、ジントを中心に広がっていく。
柔らかく。
静かで。
けれど圧倒的な光。
集まっていた瘴気が光へ触れた瞬間、黒い霧の一部が淡い粒子へ変わり始めた。
夜空へ溶けるように、少しずつ、少しずつ。
魔物達が苦しげな声を上げる。
だがその瞳から、徐々に憎悪が消えていった。
ジントは両手を広げる。
溢れ続ける瘴気を、全て受け入れるように。
「還ろう……」
小さな声だった。
けれどその言葉は、不思議と夜へ響いた。
一体、また一体と。
魔物達の身体が崩れていく。
苦しみから解放されるように。
眠るように。
村人達は、その光景を呆然と見つめていた。
月光の中に立つ黒髪の少年。
黒い瘴気をその身へ受け入れながら、静かに魔物を還していく姿。
それはまるで、神話の一場面のようだった。
やがて周囲に群がる魔物は全て黒い霧となって、静かにジントの体へ溶けるように吸い込まれていった。
辺りを静寂が包む。
そこに残っていたのは、何も変わらず空に輝く月と、その光を受けて佇む、黒いローブを纏った一人の少年だけだった。
#恋愛
ばたっちゅ
4,548
成瀬りん
148
#怪異
215
コメント
3件
いつも守られているジントが「オレがみんなを守るんだ」と言ったその発言に心打たれました。すごくかっこよかったです😭 まだ未知な力がジントには隠されてそうで楽しみです😊
**みぅ🤍🥀:** めっちゃ熱かった…!ジントが「守られてばかりじゃ駄目だ」って立った瞬間、鳥肌立ったよ。瘴気を全部受け止めて還そうとする姿、痛いくらい真っ直ぐで。ダイチの「守る」も、シュンタの呼びかけも、一人じゃないんだって伝わってきて泣きそうになった。comiさんの描く月光の描写、美しくて苦しくて、すごく刺さりました🌙