テラーノベル
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遥か彼方に存在するという『地球』を模した巨大な生命体『惑星・ハコブネ』を『管理』している超越者にも近き我々だって、元はただの『人間』だった。千年近くの刻をたった一人で管理し続けるのはどうしたって無理がある。
孤独、疲弊、重圧、憐憫、葛藤、寂しさ……
そんな負の感情に潰されて、歴代の管理者達は皆、自分の『魂』の消滅を願い、『後継者』の『最後の願い』を叶える代償にソレを使ってきた。私の前の管理者も、その前もその前もその前も。『地球』に焦がれ続け、コピーキャットと化した『ノア』の分身であった初代の管理者でさえも、その重責と激務に耐えきれず、結局は覚めない眠りの中に身を投じたらしい。
超越者の分身であろうがコレなんだ。
『私』だって耐えられるはずがなく、歴代と同じように『永遠の消滅』を渇望した。
その為に『後継者』となり得る人材であった叶糸を助け、彼が次代の『管理者』になった後に少しでも『孤独』に耐えられるようにと『幸せな記憶』を積み重ねていく手助けをしたのに——
(……何で私は、今また、此処に居るんだ?)
理解が追いつかず、抱え切れない絶望が胸の中を容赦なく苛む。またあの歳月を『此処』で過ごすのか?と考えただけで吐いてしまいそうだ。
この状況を受け止められなくて床のようなものに手をついたまま顔を伏せっていると、すっと大きな手を目の前に差し出された。
「やっと『再構築』されたんだな」
聞き覚えのある声を耳にして慌てて顔を上げる。するとそこには、出逢ったばかりの頃の姿に戻った叶糸が立っていた。
「……っ」
声が出ず、無駄に空気を喰んだ。彼に抱くのは『懐かしさ』よりも『どうしてこんな事を……』という気持ちの方が大きい。
「アルカナが『再構築』されるまでにちょっと時間があったから、この空間を色々といじっておいたぞ。此処の現状を確認したけど、アルカナはほぼ全て手動で『惑星』を管理していたんだな。あれじゃあまりに非効率だったから、適正な環境になるよう自動的に調整するシステムを組んで、不測の事態が起きそうな時にだけ警告音を鳴らして知らせるようにしたよ。だからもうこの先は、管理業務に追われ続ける事は無いはずだ」と言い、叶糸が私の手を強引に掴んでそのまま立ち上がらせた。顔を逸らし、反射的に離れようとしたが腰を掴んで引き戻され、ぐっと顎を掴まれる。
「あぁ……コレでやっと、アルカナが『オレ』を見てくれるな」
嬉しそうにニタリと笑う叶糸を前にして、ゾワっと全身に寒気が走った。今まではずっと何か『儚くて可愛いモノ』でも見ている気分だったのに、お互いが『対等』の存在になった途端に持ち前の力量の差を如実に感じ、恐怖すら覚える。
「婚約して、結婚して、オレらには子供までいるのに——ずーっと思ってたんだ」と言い、私の顔を強引に上向かせ、彼は間近で瞳を覗き込んできた。
「『アルカナは、オレを見ていないな』ってね」
彼の綺麗な瞳に私の姿が映っているが、その表情は『怯えている』としか表現出来ない。
「寂しかったんだぞ?子供らに向ける目も、オレに対しても、全部慈愛に満ちた目なんだから。閨事の瞬間だけは多少崩れてくれるけど、それでも何処か壁がある感じがして、本当の『夫婦』になれている感じがしなかったんだ」
隠し切っていたつもりでいたんだが、全て見抜かれていたのかと知り、じわりと冷たい汗が額を伝った。
「いくらオレが『愛している』って言っても、喘ぎ声か、優しい笑顔しか返してくれなかったしな」
口元は弧を描き、すっと瞳を細めてはいるが、その目は全然笑っていない。かといって怒っている感じでもなく、あれだけ一緒に居たというのに、全然叶糸の感情が読めないせいで心臓がバクバクと鼓動を早めた。
「有耶無耶にされ続けたせいで、結局は『離婚はしない』って契約魔術しかかけられなかったしな。……まぁ、ずっと傍には居続けてくれたから、狂わずに済んだけど」と言い、今度は不自然な程にニコッと笑った。その笑顔を前にすると、ほっとするどころか、全身に変な力が入った。
「前々から何となくわかってたんだ。ずっと傍には居られないからこそ、『今は』オレの傍に居てくれているだけなんだろうなってね」
叶糸が私の手首を掴み、引っ張りながら『ハコブネ』のホログラムとは逆方向に歩き出す。あれだけ溢れかえっていた資料や参考文献の山は何処にもなく、今は目の前に見知らぬアーチ状のゲートだけが存在している。
「……?」
こんなモノはずっと無かったのに。あるはずの物が消え、無かったモノが存在しているせいで困惑が隠せない。延々と張り続けてきた虚勢はもう張れず、ただただ戸惑いながら、躓きつつも叶糸に引かれて歩く。
庭にでも有りそうなデザインをしたアーチ状のゲートを通過すると、急に別空間に繋がった。今まで暮らしていたみたいな、普通の部屋によく似ている。
「さて。——じゃあ、オレらは『やり直そう』か」
まこ
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再びぐっと手首を引かれたかと思うと、今度は叶糸の背後にぽんっと人を駄目にする事で定評のある大きなクッションが出現し、私達を難なく受け止めた。
「……やり直す?」
オドオドとした声しか出てこない。今の自分はきっと、出逢った頃の叶糸並みに酷い顔色になっていると思う。
「今のオレらには、それこそ『無限』に時間があるんだ。しかも此処に今は二人だけで、誰の邪魔も、まぁ……あまり入らない空間だろう?少なくともあと五十年は確実に現れない」
確かに。夢現つの中で眠る『ノア』が起き出して来ない限り、今の此処には二人だけだ。
(もしかして叶糸はもう、『ノア』の出現周期の平均値なんかも叩き出したのか?)
前までだったら仕事の早さに感心するばかりだったが、今はちょっと恐ろしく思えた。
「アルカナはきっと、オレの願いは『子孫繁栄』とかを望むだろうと高を括っていたんだろうけど、そんなの、オレ達の子供らが勝手にやり遂げるだろ?もし、いずれ潰れるならそれまでの家だったって事だから、正直どうでもいい」
両頬に触れ、叶糸が私に口付けを雨のように降らせてくる。
「いつだってオレはアルカナの事しか考えていないし、君が傍にいてさえくれれば何だって出来る。……だから『最後』に願ったんだ、『ずっと一緒に居たい』ってね。アルカナだって、今まで、心を壊しながらも守り続けてきた『ハコブネ』をむざむざ破壊したくはないだろう?だからこの先、アルカナは——」とまで言い、叶糸が私の耳元に顔を寄せる。
「オレを愛してさえいてくれれば、ちゃんと、君の『後継者』として働いてあげるよ」
何も難しい事を言われた訳じゃない。『見守る対象』としては『好き』だったんだから、きっといつかは『愛せる』だろう。だけど……すごく大事なモノを人質にでも取られたような気分だ。多分本当にそんな状態なんだと思うんだが、『全てが終わる』と思っていたのに、まだ『この先も続く』のだという事実のせいで頭が上手く動かない。
私が焦がれ続けてきた『永遠の消滅』は、叶糸が私に飽きるか、彼自身が『終わり』を願うまで永遠に手に入らないという事実が私の心に突き刺さる。
でも……少なくともこの先は、一人ではない。
だからきっと『今までよりはマシなはずだ』と、壊れかけの心を胸に抱いたまま、高揚した瞳をこちらに向ける叶糸の口付けに、私は応えた。
【本編・完結】
コメント
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読み終えた……いや、読ませてもらったわ。アルカナの「永遠の消滅」を願うほどの孤独と絶望が、叶糸の執念で「永遠の二人」に塗り替えられるラスト、すごく重くて美しかった。最後の口付けに応えた瞬間、彼女が何を諦めて何を選んだのか——ゾッとするほどリアルな終わり方だと思う。お疲れさまでした、月咲さん🔥