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#バトル
75
森の奥。
人の気配が完全に消えた場所で——
「……ここまで来りゃ大丈夫か」
人狼は立ち止まった。
肩で息をしながら、周囲を見渡す。
追手の気配はない。
「はぁ……ほんと、面倒なことになったな」
ぼそりと呟く。
「楽しかったね!」
隣では、赤ずきんが笑っていた。
まるで遠足帰りみたいな顔で。
「……どこがだよ」
「全部!」
即答。
「追いかけっことか、ドキドキしたし!」
「……」
やっぱりダメだ、こいつ。
人狼は頭をかいた。
「お前な……少しは状況考えろ」
「考えてるよ?」
きょとんとした顔。
「お兄さんがいるから大丈夫だなーって!」
——軽い。
完全に他人任せ。
「……はぁ」
深いため息。
「俺はお前の保護者じゃねぇぞ」
「えー?でもさ」
赤ずきんは一歩近づく。
「さっき助けてくれたじゃん」
「……あれは」
言いかけて、止まる。
言い訳が出てこない。
「ね?」
にこっと笑う。
「やっぱり優しいんだ」
「違ぇよ」
反射的に否定する。
だが——
「じゃあなんで助けたの?」
「……」
答えられない。
沈黙が落ちる。
風が木々を揺らす音だけが響く。
「……知らねぇよ」
ようやく出た言葉は、それだった。
赤ずきんは、少しだけ目を細めて。
「ふーん」
楽しそうに笑った。
しばらくして。
「お腹すいた!」
唐突だった。
「……は?」
「お腹すいたの!」
「いや知らねぇよ……」
「なんか食べたい!」
ぐいぐい来る。
「自分でどうにかしろ」
「えー」
不満そうに唇を尖らせて——
そのまま、ふらっと森の奥へ歩いていく。
「……おい」
嫌な予感。
数秒後。
——ガサッ。
茂みの向こうで、物音。
「……ったく」
人狼は舌打ちして、後を追った。
そこにいたのは——
一人の村人。
薪を集めていたのか、背を向けている。
そして、そのすぐ後ろに——
赤ずきん。
静かに近づいていた。
「……っ!」
人狼の目が見開かれる。
「おい、やめろ」
低く、強く言う。
だが少女は振り向かない。
「だってお腹すいたもん」
小さく笑う。
「やめろって言ってんだろ」
一歩、踏み出す。
その瞬間——
村人が気づいた。
「だ、誰だ!?」
振り返る。
目が合う。
「ひっ……!」
恐怖に歪む顔。
そして——
「人狼だ!!」
叫び声。
「違——」
否定の言葉は、最後まで出なかった。
その隙に。
「——あはっ」
赤ずきんが、動いた。
「っ!!」
止める間もなく。
一瞬で距離を詰める。
そして——
音が、途切れた。
静寂。
「……」
人狼は、動けなかった。
数秒後。
「ごちそうさま!」
明るい声。
振り向く少女の顔に、血がついている。
満足そうな笑顔。
「……お前なぁ」
低く呟く。
怒りか、呆れか、自分でも分からない。
「だから言ったじゃん」
赤ずきんはけろっとしている。
「すぐ壊れるって」
——違う。
「……そういう問題じゃねぇだろ」
一歩近づく。
赤ずきんは、きょとんとする。
「じゃあ何が問題なの?」
「……っ」
言葉が詰まる。
「だってさ」
少女は続ける。
「お兄さん、止めなかったじゃん」
——刺さる。
「……間に合わなかっただけだ」
「ほんとに?」
じっと見つめる。
逃げ場のない視線。
「助けたかった?」
その問いに——
答えられなかった。
「……」
沈黙。
赤ずきんは、にこっと笑う。
「やっぱり変だね」
楽しそうに。
「怪物なのに、優しくて」
一歩、近づく。
「優しいのに、止められなくて」
さらに近づく。
「どっちつかず」
——ぐらり、と。
心が揺れる。
「……黙れ」
低く言う。
赤ずきんは、少しだけ首をかしげて。
「でもね」
優しく笑った。
「そんなお兄さん、好きだよ?」
——まただ。
この感覚。
分からない。
気持ち悪い。
でも——
完全には、拒絶できない。
「……ほんと、面倒くせぇ」
顔を背ける。
赤ずきんは笑う。
「うん!」
嬉しそうに。
まるで褒められたみたいに。
森の中。
怪物と怪物が、並んで立っている。
その距離は——
ほんの少しだけ、近くなっていた。
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