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森の奥。
人の気配が完全に消えた場所で——
「……ここまで来りゃ大丈夫か」
人狼は立ち止まった。
肩で息をしながら、周囲を見渡す。
追手の気配はない。
「はぁ……ほんと、面倒なことになったな」
ぼそりと呟く。
「楽しかったね!」
隣では、赤ずきんが笑っていた。
まるで遠足帰りみたいな顔で。
「……どこがだよ」
「全部!」
即答。
「追いかけっことか、ドキドキしたし!」
「……」
やっぱりダメだ、こいつ。
人狼は頭をかいた。
「お前な……少しは状況考えろ」
「考えてるよ?」
きょとんとした顔。
「お兄さんがいるから大丈夫だなーって!」
——軽い。
完全に他人任せ。
「……はぁ」
深いため息。
「俺はお前の保護者じゃねぇぞ」
「えー?でもさ」
赤ずきんは一歩近づく。
「さっき助けてくれたじゃん」
「……あれは」
言いかけて、止まる。
言い訳が出てこない。
「ね?」
にこっと笑う。
「やっぱり優しいんだ」
「違ぇよ」
反射的に否定する。
だが——
「じゃあなんで助けたの?」
「……」
答えられない。
沈黙が落ちる。
風が木々を揺らす音だけが響く。
「……知らねぇよ」
ようやく出た言葉は、それだった。
赤ずきんは、少しだけ目を細めて。
「ふーん」
楽しそうに笑った。
しばらくして。
「お腹すいた!」
唐突だった。
「……は?」
「お腹すいたの!」
「いや知らねぇよ……」
「なんか食べたい!」
ぐいぐい来る。
「自分でどうにかしろ」
「えー」
不満そうに唇を尖らせて——
そのまま、ふらっと森の奥へ歩いていく。
「……おい」
嫌な予感。
数秒後。
——ガサッ。
茂みの向こうで、物音。
「……ったく」
人狼は舌打ちして、後を追った。
そこにいたのは——
一人の村人。
薪を集めていたのか、背を向けている。
そして、そのすぐ後ろに——
赤ずきん。
静かに近づいていた。
「……っ!」
人狼の目が見開かれる。
「おい、やめろ」
低く、強く言う。
だが少女は振り向かない。
「だってお腹すいたもん」
小さく笑う。
「やめろって言ってんだろ」
一歩、踏み出す。
その瞬間——
村人が気づいた。
「だ、誰だ!?」
振り返る。
目が合う。
「ひっ……!」
恐怖に歪む顔。
そして——
「人狼だ!!」
叫び声。
「違——」
否定の言葉は、最後まで出なかった。
その隙に。
「——あはっ」
赤ずきんが、動いた。
「っ!!」
止める間もなく。
一瞬で距離を詰める。
そして——
音が、途切れた。
静寂。
「……」
人狼は、動けなかった。
数秒後。
「ごちそうさま!」
明るい声。
振り向く少女の顔に、血がついている。
満足そうな笑顔。
「……お前なぁ」
低く呟く。
怒りか、呆れか、自分でも分からない。
「だから言ったじゃん」
赤ずきんはけろっとしている。
「すぐ壊れるって」
——違う。
「……そういう問題じゃねぇだろ」
一歩近づく。
赤ずきんは、きょとんとする。
「じゃあ何が問題なの?」
「……っ」
言葉が詰まる。
「だってさ」
少女は続ける。
「お兄さん、止めなかったじゃん」
——刺さる。
「……間に合わなかっただけだ」
「ほんとに?」
じっと見つめる。
逃げ場のない視線。
「助けたかった?」
その問いに——
答えられなかった。
「……」
沈黙。
赤ずきんは、にこっと笑う。
「やっぱり変だね」
楽しそうに。
「怪物なのに、優しくて」
一歩、近づく。
「優しいのに、止められなくて」
さらに近づく。
「どっちつかず」
——ぐらり、と。
心が揺れる。
「……黙れ」
低く言う。
赤ずきんは、少しだけ首をかしげて。
「でもね」
優しく笑った。
「そんなお兄さん、好きだよ?」
——まただ。
この感覚。
分からない。
気持ち悪い。
でも——
完全には、拒絶できない。
「……ほんと、面倒くせぇ」
顔を背ける。
赤ずきんは笑う。
「うん!」
嬉しそうに。
まるで褒められたみたいに。
森の中。
怪物と怪物が、並んで立っている。
その距離は——
ほんの少しだけ、近くなっていた。
萩原なちち