一人残された凪子は、料理を食べようと思ったが、
あの夜の良輔との行為を思い出すと、胸がムカムカしてすっかり食欲がなくなる。
信也の言う通りだった。
凪子はもう二度と良輔とセックスしたくはなかった。
他の女を抱いたかもしれない夫へ自分の身を捧げるなどまっぴらだ。
信頼出来ない相手との行為は、思っていた以上に苦痛だった。
おまけに、そんな相手に対して奉仕するなど屈辱以外のなにものでもない。
しかしそうしなければ自分が不利になるのだ。
それも困る。
だから今の凪子は八方塞がりだった。
これでは、良輔と絵里奈にリベンジする前に自分の方が参ってしまう。
これから先の事を考えると、恐怖でしかなかった。
同じ屋根の下にいるのも苦痛だというのに。
思わず凪子はため息をつく。
その時信也が戻って来た。
「凪子、旦那とはもう寝るな!」
「えっ? でも……」
「今俺の弁護士に聞いてきたよ。で、結論から言うと、凪子は今後夫との性行為を拒否しても大丈夫だそうだ。その理由は、凪
子がもう既に夫の不貞に気づいているからだそうだ。夫の不貞を知っているのに夫を受け入れる方が異常だろう? だから拒否
するのは当然の事なので問題ないらしい。ただし後々裁判になる可能性がある場合は、時系列だけはちゃんと記録しておいた方
がいいそうだ。いつ不貞に気付いたとか、いつから拒否し始めたとか…」
「そうなの?」
「ああ、だから今後はちゃんと拒否しろ。お前は昔からこうと決めたら突っ走る傾向があるからなぁ…もうちょっと自分を大事
にしろ」
信也はそう言うと凪子の頭をポンポンと撫でた。
その瞬間、凪子はこらえていたものが一気に噴き出す。
そして泣き始める。
「おいおい…どうした凪子……」
「うっ…ひっく……本当は嫌だったの…….」
「お、おうっ、わかるよ、辛かったな…」
「うんっ…嫌なの…夫に触られるのがすごく嫌なの…気持ち悪いの……他の女を触った手で触れられるのが…」
泣きながら訴える凪子を見て、信也は切ない表情を浮かべる。
「よしよしよく今まで頑張ったな、これからははっきり拒否するんだぞ。もし旦那が合意なしに無理にでも抱こうとしたら、そ
れはそれで立派なレイプになるらしいから…例え夫婦間でもな。あ、そう言えば凪子ボイスレコーダーとかって持ってるか?」
そこで凪子は泣き止んで信也を見る。
「ボイスレコーダー?」
「ああ、ほらインタビューとかでよく使うやつ。ああいうのを一つ買っておくといいぞ。それで旦那と話す際には常にポケット
に入れておくんだ。録音しておけば証拠になるからな」
信也はハンカチを差し出しながら言った。
凪子はハンカチを受け取ると、涙を拭きながら言った。
「分かった。ボイスレコーダーは明日買うわ」
「興信所の報告はいつ?」
「多分来週だと思う…」
「その時は連絡しろ。俺も一緒に行ってやる。お前一人じゃ心配だ」
「でもそこまで迷惑はかけられないわ…多分大丈夫よ」
「いや、俺も行く。だから絶対に連絡しろよ」
「ん、ありがとう」
そこで凪子はまたシクシク泣き始めた。
あの日以来ずっと精神が張り詰めていたので、信也の優しい言葉を聞いてつい泣けてくる。
凪子は、ずっと自分の事をしっかりした女だと思っていたが、
実はそうでもないらしいと今気付いた。
凪子は何とか泣き止むと、一度メイクを直しに化粧室へ行く。
凪子が戻って来ると信也は話題を変え、あえて仕事の話を始めた。
そこから漸く二人は食事を始めて、信也のウエディング事業のついての熱い議論で盛り上がった。
コメント
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離婚を決意した夫に求められたら拒否できないなんてあり得ない‼️ 信也さんが正確な情報を持って来てくれて本当に良かった❣️ 凪子さんに全く非がない分理不尽な要求をしてほしくない💢💢 本当に良輔はしっかりと慰謝料を払って絵里奈と勝手に夫婦でも何でもしてくれていいよ‼️ とにかくもう凪子さんと信也さんに関わらないで‼️