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あなたがくれた、あの缶コーヒーの温もりが忘れられない。
二人で眺めた、あの雨上がりの夜空が忘れられない。
あの公園へ、急がなきゃ――
電車を降り、改札口を抜ける。
最終電車に乗り遅れまいと、足早に行き交う人々。
私はその流れを避けながら、夜空へと続く長い階段を駆け上がった。
街の大通りでは、スピードを上げた車が三車線の道路を次々と走り去っていく。
乱れた髪を手櫛で整えながら、ふと車道の向こう側へ視線を伸ばした。
建ち並ぶ高層ビルの中で一際目を引く、高級感の漂う大きなホテル。
あの夜から始まったんだ……
全ては、あのホテルの前で落としたこの指輪から始まった。
「あなたとの運命的な出逢い……」
小さな声で呟き、左手の薬指にはめられた指輪をじっと見つめる。
……形だけの、偽りの貞操を誓った指輪など要らない。
心を繋ぐ力を失った指輪など、身につけていても意味がない。
傷だらけの指輪をぎゅっと指で掴み、引き抜くように外すと、バッグの内ポケットへしまった。
震える肩で大きく深呼吸をする。
わずかな唾液で乾いた喉を潤し、街灯だけが浮かび上がらせる薄暗い公園へと向かった。
あの夜、若者たちがたむろしていたコンビニの前には、今夜は人の気配がない。
コンビニの窓ガラスに映る自分の姿を横目に、私は隣の小さな公園へ足を踏み入れた。
あの夜、二人で並んで座った花壇の辺りを見回す。
けれど、今泉さんの姿はなかった。
電車に乗っている間に届いたのは、『あの公園の入り口で待ってる』という今泉さんからの返信メール。
今泉さん……
どこにいるの……
右手に携帯を握り、まだ息の上がったままの肩で呼吸を繰り返しながら、薄暗い公園の中へ足を進める。
淡い街灯に照らされた、深い静けさの漂う公園。
行き交う車のタイヤの音と、ざわざわと風に揺れる雑木の葉音だけが、不気味なほど静かな夜空へ響いていく。
「今泉さん……」
眉を寄せ、きょろきょろと辺りを見回しながら、不安げな声を漏らす。
……。
「亜紀ちゃん!」
背後から彼の声と、砂利を蹴って走り寄る足音が聞こえた。
「今泉さん!」
私は振り返り、掠れた声を上げる。
「ごめん、遅くなって。
亜紀ちゃんより早く着けるはずだったのに、途中で面倒な仕事の電話が入って手こずってた。
……入り口で待っててくれれば良かったのに。女性の一人歩きは危ないよ」
ずっと、ここまで走って来たのだろう。
肩で大きく息をしながら呼吸を整えたあと、今泉さんは目尻を下げ、ふっと柔らかな笑みを浮かべた。
「ごめんなさい。忙しいのに呼び出したりして」
彼の優しい笑顔を見つめ、今になって申し訳なさが込み上げ、肩を竦めた。
「それは構わないよ。気にしないで。もう仕事は全部片付いたから。
それより、帰ってから何かあったの?」
今泉さんは心配そうに私の表情を見つめる。
「……あの、今泉さんにどうしても伝えたいことが……。
自分でも大胆だと分かってるんですけど、でも……今じゃなきゃ駄目なんです。
どうしても、お願いしたいことがあるんです」
ここへ着くまでに用意していたはずの言葉は上手く形にならず、声にしようとするほど震えてしまう。
「……うん」
私の言葉を待つ今泉さんは、見守るような視線を向けながら静かに頷いた。
「あの、ごめんなさい。何が言いたいかというと……」
心臓は早鐘を打ち続けている。
顔も耳も熱い。
きっと、真っ赤になっているに違いない。
「……どこかで座って話そうか?
もうすぐ終電もなくなる。亜紀ちゃんの家の最寄り駅まで送るよ。
車の中でゆっくり話そうか?」
ひどく動揺する私を宥めるように、今泉さんがそっと手を差し伸べた。
その手が腕に触れた瞬間――
私はその手を取らず、彼の胸へ飛び込んだ。
コメント
1件
うわああああ亜紀ちゃん飛び込んだーー!!😭💕💕 もうずっとずっと見守ってきたから、この瞬間が来たのが本当に嬉しすぎて胸がぎゅってなった…! 缶コーヒーの温もりとか雨上がりの夜空とか、最初の回想だけで涙腺緩んだし、指輪を外して心ごと今泉さんに向かって走った亜紀ちゃんの覚悟が尊すぎる…!! 最終電車の時間が迫るなかでのこの展開、ドキドキが止まらなかったよ…!続きが気になりすぎる〜!!