「——ちょ!聞いてくれよぉぉ」
「うるせって」
「聞け!いいから聞け!」
友人の一人である有田圭吾の肩を掴み、無遠慮に体を揺さぶる。紙パックのストローを咥えていた奴を揺すったせいで中に入る牛乳が少し周囲に飛び散り、そのせいで圭吾に頭を叩かれた。
「飯ぐらいゆっくり食わせろって」
「だってさ…… 」
叩かれた箇所を押さえながら拗ねた顔をする俺に向かい、圭吾は呆れた顔になりながら菓子パンの入る袋を開けて、腹ごしらえを始めた。
昼休みの教室。窓際で二つの机を向かい合わせにして、圭吾と二人で昼メシを広げている。いつもなら、俺——桜庭充、清一と圭吾との三人で昼メシを食べているのだが、今日は清一が居ない。風邪だとか、家の用事で休みならば俺もこんな不安定になったりなどしないのだが、アイツは……今アイツは!
「絶対に清一の奴、告白されに行ってるって!今時下駄箱に手紙だぞ?手紙!『二人だけで話したいから、昼休みに校舎裏まで来てね♡』とか!SNS全盛期である昨今に、だ!」
圭吾に近づき、クソデカ小声ボイスでそう告げる。うっかり俺まで、手紙に書かれていた差出人の名前までもを一緒に読んでしまった事は、相手の子に申し訳ないので流石に伏せておいた。
「アイツがモテるようになったのなんて、今に始まった事じゃねぇだろ。何キレてんだよお前」
牛乳をチューチューと飲み、圭吾が心底どうでもよさそうに次のパンを開封する。内心『お前食べ過ぎじゃね?』と思いながら俺もオニギリにかぶりつくと、圭吾が「自業自得じゃん」とこぼした。
「お前さぁ、高一の時にアイツと何約束したか覚えてるか?」
圭吾の言葉に、俺は「うっ」と短い唸り声をあげた。
「高一の時『一緒に筋トレしようぜ!』ってアイツに言ったの、確かお前だったよな?」
「…… はい、俺です」
「んで、お前は高三になった今、その約束をどうした訳?」
「しゅ…… 週一くらいでは続けています」
「知ってるか?清一はさ、毎晩、二年半ずっと筋トレやってるそうだぞ?」
「…… シッテマス、ハイ」
気まず過ぎて、返答がカタコトになってしまう。
「毎日真面目に続けててさ、成長期も重なって、一八五センチまで伸びた清一が美体好き達にモテるのは当然だと思いませんか?充君」
その通り過ぎて何も言えない。
筋トレを真面目に続け、運動するのに邪魔だと鬱陶しかった髪もバッサリと切り、眼鏡からコンタクトに変えたおかげで、今まで前髪と眼鏡の奥に隠されていた端正な顔がバッチリ公開された途端、真面目だけが売りだったはずの清一が一気にモテ始めた。
それに比べ俺はといえば、最初は真面目に筋トレだランニングだと頑張っていたのだが、不純な動機だったせいか途中から飽きてしまい、今では週一で体育館のトレーニングルームに行って少し走るくらいなもんだ。まぁ、何もしないよりはマシだったのか、ポッチャリだった体型はシュッと細くなり、多少は筋肉も得られたのだが…… 悲しいかな、身長はほとんど伸びなかった。
ただでさえ平凡な顔だっていうのに努力が足りなかったうえに、イケてない奴が普通の容姿になった程度では、清一みたいにモテる様になどなれるはずが無い。無いのだが…… 清一を『羨ましい!』と思ってしまう気持ちはどうにも出来なかった。
「わかってるけどさぁ。わかってるんだけども、さ!」
ガンッと勢いよく机に頭突きする。周囲のクラスメイト達が『バカか』と言いたげな顔をこちらに向けてきたが、もうどうでもよかった。
「まぁ、気持ちはわかるよなぁ。あんな陰キャの代表みたいだった奴がモテるとかズルイぞ!とは俺も思う、うん」
クラスメイトの小牧琉成が、コーヒー缶を片手に俺達にうんうんと頷きながらそう言って近づいて来る。そして 側にある誰も使っていない椅子を引っ張り、琉成が圭吾のすぐ隣に座った。
「一口寄越せ」と琉成が言うと、圭吾が「ん」と言いながら菓子パンを奴の口に突っ込む。物凄く嫌そうな顔をしながらではあったが、それでも分けてやるとはお優しい。
「ズルイよ、マジでズルイ!俺だってモテたいのにさぁ」
「お前さぁ、何でそんなにモテたいんだ?……彼女とか、めんどくさくね?」
琉成に餌付けしながら、グチグチと文句を言う俺に圭吾が訊いてきた。
「え?何でって……高校生だし?彼女くらい欲しくね?」
「『好き』だから、付き合うもんじゃないのか?『彼女が欲しい』から付き合うって、何か変じゃね?」
「…… まぁ、そうな」
もっともな事を言われ、反論出来ない。だが、そうは言ってもこればっかりは年頃的な欲求もある訳で…… とは思っても、んな事は恥ずかしくて流石に口には出来なかった。
「…… はぁ」と、ため息をつきながら、清一が教室に戻って来た。教室の壁時計を見上げ、時間を確認しながら俺達の元に迷わず向かって来る。奴の為に最初から用意してやっていた椅子に清一が座ると、不機嫌顔を隠す事なく鞄を漁り、お弁当箱を取り出した。
「まともに飯食う時間ねぇな…… ったく」
文句を言いながら、清一が昼ご飯を掻き込む。
「おかえりー。やっぱ告白だったのか?」
圭吾が訊くと、清一がキッと容赦無く睨み返した。
「図星かよ。いいねぇいいねぇ、おモテになる奴は」
琉成がそう言うと、清一は彼の事まで睨みつけた。顔立ちはカッコイイのに、眼力があるせいで、睨むとちょっと怖い。スポーツマン並みに筋肉質の体なうえに長身なもんだから余計にだ。
「…… ズルイ」
ぽつりと呟くと、箸を咥えたまま、清一が「は?」と言い、俺の方を見ながら顔を上げた。
「ズルイ!清一ばっかズルイわぁ、俺のことは放置して、お前だけモテるとか!」
「…… お前だって、ソレを言わなければなぁ、ワンチャンあるだろうに」
圭吾が呆れ顔で俺をじっと見てくる。
いやいや、そんな事はないだろう、平凡を絵に描いたような俺では到底無理だ。己の残念っぷりに肩を落とし、深いため息をつくと、清一が俺の頭をポンポンと叩く様に撫でてきた。
「今からでも遅くないぞ、大丈夫だ」
優しく微笑まれ、嬉しい気持ちになった。普段は本ばっか読んで、あんまり表情筋の動かないコイツが、俺相手だとたまに笑いかけてくれるのがちょっと嬉しい。
「急げよ、昼終わっちまうぞ?」
琉成の言葉に、清一が「あぁ」と短く答え、また慌ててお弁当を食べ始める。喉元まで、『ところで、告白には何て答えたんだ?』と出かかっていた言葉は、昼メシを食べる邪魔はしない方がいいよなと思い、言葉にせぬまま飲み込んだのだった。