しばらく不安な状態でテレビを見ていたが、徐々に凪子に睡魔が襲って来る。
無理もない。今日は弁護士事務所での話し合いで、精神的にクタクタだった。
薄れゆく意識の中で、凪子は信也と出逢った頃の光景を思い出していた。
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それは、信也のファッションショーへ凪子が急遽代役として出演する直前の場面だった。
信也は心配そうに凪子に聞いた。
「本当に大丈夫か?」
「モデルウォークなら任せて! 以前レッスンを受けたから大丈夫よ」
凪子は強がって言ったが両手が緊張で震えていた。
それに気づいた信也は、凪子の両手をギュッと握ってから言った。
「大丈夫じゃないだろう? こんなに震えてる…」
「フフッ、武者震いよ。それに、私が出ないと困るのは戸崎さんでしょう? 大丈夫よ、任せて!」
「小娘にしては頼もしいな…ちょっと待ってろ……」
信也は小道具が置いてあるテーブルへ行き何かを手にして持って来た。
「赤いドレスによく似合うルビーだ」
信也はそう言ってルビーのネックレスを凪子に見せる。
凪子はそれを見て思わずハッと息を呑んだ。
信也が手にしていたルビーのネックレスは、とても豪華で気品があり見事なものだった。
信也はそのネックレスを凪子の首に着ける。
「うわっ、高そう!」
「1000万円近くするよ。借りものだから失くすなよ」
「キャアッ! そんな高いの? 余計に緊張しちゃうわ…」
凪子の慌てた様子を見て信也は笑みながら静かに言った。
「とてもよく似合ってる。ルビーは凪子によく似合うな」
その時信也は、初めて凪子を下の名前で呼んだ。それも呼び捨てだ。
信也はネックレスの留め金を留めた後、指で凪子の頬をそっと撫でた。凪子は思わずゾクッとする。
その時、舞台の進行役が凪子に声をかけた。
「唐沢さん、そろそろ出番です」
「わかりました」
凪子はしっかりした口調ではっきり答えると、信也に向かって言った。
「行って来るわ!」
そして胸を張って背筋を伸ばし舞台袖まで歩み出る。
その時、会場の音楽が切り替わった。
とてもムーディーな艶のある女性ジャズシンガーの曲に変わる。
「どうぞっ!」
進行役に合図を送られた凪子は、しっかりとした足取りで舞台の真ん中へ進んで行った。
そして一度その場所でポーズを決める。この時凪子は曲の雰囲気に合わせ妖艶な笑みを浮かべた。
そしてすぐにランウェイを堂々と歩き始めた。
魅惑的に歩く凪子の姿は、どんなモデルよりも華があり人目を引いた。
ランウェイの先端まで進んだ凪子は、再びポーズを取ると、観客席を見回してゆっくりと微笑む。
その笑顔は見ている全ての人を魅了した。
その後くるりと優雅にターンをすると、今度は軽く尻を振りながらチャーミングにステップを踏む。
そして再び舞台の中央へ戻り、最後にもう一度観客席の方を向いた。
そして最後にとびっきりチャーミングな笑顔を魅せると、優雅な歩みで舞台袖へと引き上げて行った。
その瞬間、会場からは盛大な拍手が沸き起こった。
舞台から戻って来た凪子は、急に手と足がガクガクと震え出し、思わずその場に崩れ落ちる。
そんな凪子を、信也の力強い腕ががっちりと抱きとめた。
「舞台では全然緊張しなかったのよ…なのになんで今頃…」
凪子は身体全体をまるで生まれたばかりの子猫のようにぶるぶると震わせていた。
そんな凪子を抱き締めながら信也が言った。
「良くやった! 凪子!」
「うん、私頑張ったわ」
「ああ、よく頑張ったな…偉いぞ凪子! 〇〇〇〇〇!」
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最後の言葉は、舞台から流れて来る大音量の音楽によってかき消され、
あの時は信也が何と言ったのか凪子にはわからなかった。
しかし凪子は今やっと気づいた。
あの時信也は凪子に「愛してるよ!」と言ったのだと。
コメント
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ずーっとずーっと前から信也さんは凪子さんだけを『愛してた』んだよね💞🩷 過去の記憶の中でルビーのネックレスをつけてもらって魅惑的にランウェイを歩く凪子さんを抱きしめて愛の囁き❤️をしたけど、ちょっとした行き違いや恋人でもなかった良輔の妨害で長く友達として歴史に刻んできた2人… やっと離婚できて信也さんとこれから〜という時にこの仕打ちはキ・ツ・イ😫 お願い、信也さん早く凪子さんの元に駆けつけて‼️