テラーノベル
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海斗はタクシーを降りるとマンションへ入る。
ちょうど着いたエレベーターへ滑り込むと、十一階のボタンを押した。
自宅に戻りリビングへ入ると、買ってきた本をテーブルの上に置く。
そして中から月の本を取り出すとソファーに座った。
ふと大きな窓に目をやると、窓全体が柔らかなピンク色に染まっていた。
建物に埋もれた都会の街並みが、一瞬にして優しさに包まれていく。
彼女はどこかでこの夕焼けを眺めているのだろうか?
海斗はそんな事を思いながら、手元の本に再び視線を戻した。
午後九時半、美月は仕事を終えてビルを出た。
今日はなんだか疲れた。
仕事帰りの生徒達のテンションが、今の美月には刺激的過ぎる。
自分も若い頃はあんなだったのだろうか?
そんな事を考えつつ地下鉄の階段を下りた。
すぐにホームに電車が到着したので乗り込む。
そして、ドアにもたれながら窓の外の暗闇をじっと見つめる。
その時、美月の脳裏に昨夜の光景が浮かんできた。
平日の深夜に出逢った男性。
服装はラフな格好だったのでサラリーマンではなさそうだ。
いや、もしかしたら休日?
お酒を飲んでいる風でもないので、飲み会の感じでもなさそうだ。
彼には、普通の人にはない目力とオーラのようなものがあった。
一体どんな生活を送っている人なのだろう?
家はきっとご近所さん、これは間違いなさそうだ。
そこで美月はハッとした。
昨夜逢った男性の事ばかりを考えている自分に気づいたからだ。
美月は頭の中から男性を追い払おうと、慌てて頭を左右に振った。
すると、反対側のドアに立っている男性が不思議そうな顔をしている。
(恥ずかしい……)
その時ちょうど電車が最寄り駅に着いたので、美月は逃げるように電車を降りた。
駅を出た美月は、駅前の二十四時間営業の小さなスーパーに寄りりんごを買った。
それからアパートへの道のりをぶらぶらと歩き始める。
嫌でも昨日の公園の前を通らなくてはならない。
もう昨夜の事を考えるのはよそう。
そう心に誓い、背筋を伸ばしスタスタと歩こうとしたその時、公園の小高い丘の上に人影が見えた。
(まさか?)
美月は足音を立てないように、そーっとその場を通り過ぎようとした。
しかしその人影は美月に気付いたようでこちらへ近づいて来る。
その人影は、海斗だった。
「おかえり」
その声は、力強くとても魅力的な声だった。
そして海斗は続けた。
「昨夜はありがとう。今日も月が綺麗だからここに来てみたんだ」
海斗の言葉を聞いた美月は、仕方なく挨拶を返した。
「こんばんは。満月の翌日ですから今日は少し欠けていますよね」
「うん、これから毎日少しずつ欠けていくんだよね。欠ける部分が増えたら地球照っていうのが見えるのかなぁ?」
「地球照なんて言葉、ご存知だったのですか?」
すると海斗は照れくさそうに言った。
「本で見たんだ。月の本を買ってみた」
「そうなんですね。すごい!」
と、美月は微笑む。
「これからも月のパワーをもらいたいからね」
海斗の言葉に美月は思わずフフッと笑う。
「こんなに遅くまで仕事?」
「はい、今日は遅番みたいな感じでしたから。クタクタです」
「夕食は食べた?」
「仕事の合間にサンドイッチを食べました」
「そうなんだ。この先に深夜までやっている美味いラーメンの屋台があるの知ってる?」
「いいえ。夜は天体撮影以外はほとんど外に出ないので」
「よかったら一緒に行きませんか? 昨日のお礼に」
「お礼なんて! 私何もしていませんから」
美月は慌てて答えた。
「満月エネルギーチャージ!」
そう言って海斗は笑いながらガッツポーズを作って見せた。
「あーっ!」
「よしっ! じゃ行くか!」
海斗は美月の返事も待たずに前をスタスタと歩き始めた。
それを見て、諦めたように美月もその後を追った。
国道に向かって五、六分ほど歩いたところに小さな川があった。
川の脇には遊歩道があり、その横の少し広いスペースに屋台はあった。
日に焼けた七十歳前後の白髪交じりの男性が一人でやっているようだ。
脇にはコンパクトCDプレーヤーが置いてあり、古いアメリカ映画の音楽を流していた。
照明はアウトドアで使うようなランタンが三つ置いてある。
「おやっさん、今日は六十年代の映画音楽かい?」
「おうっ、いらっしゃい。そうだよ、俺はオードリーに恋をしているんだ」
屋台の主人はニコニコして言った。そして横にいる美月に気づくと、
「珍しいね、今日はお連れさんがいるなんて」
「ああ、ここは初めてらしいから美味いのを頼むよ」
海斗はそう言って椅子に座ると、美月にも座るよう促した。
美月も主人に挨拶をする。
「こんばんは」
すると屋台の主人は
「いらっしゃい、若いお嬢さんは大歓迎だよ。うちは一種類のラーメンしかないけれど、それでいいかい?」
「はい、それでお願いします」
「はいよっ!」
主人はニッコリ笑って返事をすると、早速ラーメンを作り始めた。
「ここ、なかなかいいだろ? おやっさんの趣味がいいんだ。屋台なのに味わいがある」
「私、屋台って初めてなんです。でもここは思ったのと違いますね。素敵です」
「ここは平日しかやっていないんだ。土日は奥さんサービスするので閉めているらしい」
「へぇ。仲の良いご夫婦なんですねぇ」
その時CDプレーヤーから「Moon River」が流れて来た。
思わず美月が「あっ!」と声を上げる。
「ん? どうしたの?」
「あ、いえ……、この曲、今日二回目なんです。私大好きで……」
「へぇ。いい曲だよね。ちなみに俺は今日三回目だよ」
海斗はそう言って笑った。
コメント
3件
恋の予感🥰
離れていても お互いをふと思い出したり、無意識だけど 離れた場所で同じ曲を聴いていたり....🎶 月に導かれ 少しずつ距離が近づいていく二人から 目が離せません🌕️✨
海斗さんは月に導かれて来たんだよね!でも根底はお互いに惹かれて出会いの場所に来た流れに見えるわ👀♡