テラーノベル
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皆の視線がセルマへ集まる中、ディアビレは一歩だけ前へ出た。昔の自分なら、こんな場で胸が先につぶれていただろう。けれど今は、言わなければ終わらないことがはっきり分かる。
セルマはなおも言い張った。
「あなたが困らないようにしてきたの。仕事を与えて、居場所を与えて、喫茶室だって残してあげた」
その言葉に、会場の空気がしんと冷える。
ディアビレはゆっくり首を振った。
「私のためじゃなかった」
大きな声ではない。けれど、その一言は波よりもまっすぐだった。
「私を働かせやすい形にして、黙らせやすい形にして、都合よく使ってきただけです。お母さんの店も、私の人生も」
セルマの口がわずかに開く。こんなふうに返されるとは思っていなかったのだろう。
ディアビレは続けた。
「恩を返せって、ずっと言われました。でも返していたのは恩じゃない。怖がって黙ることでした」
言葉にした途端、長いあいだ首へ巻きついていたものが、するりと落ちた気がした。
ベジラが泣きそうな目でディアビレを見る。アネミークは胸元で両手を握りしめ、ラウールは息を止めたまま動けない。
セルマは何かを言い返そうとして、結局うまく言葉にならなかった。支配は大声で成り立つものではない。相手が黙ることで成り立つのだ。だから、黙らない相手の前では急に弱くなる。
その時、ディアビレの背にそっと手のひらが触れた。振り向かなくても分かる。ジナウタスだ。
ただ立っているだけなのに、その手は「もう俯かなくていい」と言っていた。
ディアビレは前を向いたまま、小さく息を吸う。
「私はここに残るかどうかも、何を守るかも、自分で決めます」
その宣言に、ようやくセルマの顔から力が抜けた。勝手に与えてきたはずの居場所を、相手が自分の足で選び直したのだ。そこでもう、支配は切れていた。
ジナウタスの指先が背中で一度だけ動く。励ますような、確かめるような温度だった。
ディアビレはもう、誰かに使われるための娘ではなかった。
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