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嵐が完全に去ったのは、夜明けに少し届かない時間だった。港にはまだ鈍い灰色の雲が残っていたが、海は昨夜より静かだ。ステラマーレのロビーには、疲れ切った顔のまま動き続けた人々が集まり、壊れた備品の確認や客室の見回りが始まっていた。
そんな中で、町の商店主や常連客までが次々に様子を見に来た。老舗ホテルと隣の喫茶室が、ただの建物ではなく、この町の灯だったことを皆が知っている。
「これからどうするんだ」
乾物屋の主人がジナウタスへ尋ねる。別の者は、創業家の血を引くなら前へ立つべきだと口にした。
「あなたが決めてくれれば、町も動きやすい」
その期待は重い。けれどジナウタスは、昨夜のように静かな顔で受け止めた。
「俺ひとりでは決めません」
周囲が少しざわめく。彼はそこで言葉を切らず、ロビーの端にいるディアビレたちへ視線を向けた。
「再建するなら、ここで働いてきた人間と、ここを守ってきた人間と決める。ディアビレと、皆で」
フレアが真っ先に「いい顔するじゃない」と笑い、ゲティは肩をかばいながら拍手の代わりに指を鳴らした。ラウールは感動した顔で口を開いたが、たぶん言葉が詰まるので、誰も急かさない。
ディアビレは一歩遅れて、その意味を飲み込んだ。これまでずっと、自分は選ばれるか切り捨てられるかの側にいた。使うか、使われるか。残されるか、追い出されるか。そういう場所でしか生きてこなかった。
けれど今、再建案の紙を前にしている自分は違う。喫茶室をどう残すか、宿泊客が夜にほっとできる場所をどこへ置くか、ホテルの動線をどう変えるか。考えることが山ほどある。
「選んでいいんだ」
思わず漏れた小さな声を、ジナウタスが拾った。
「遅いくらいだ」
その返事に、胸の奥で何かがようやく馴染んだ。誰かの都合で配置される人間ではなく、自分の意思で場所を選び、形を決める人間になる。その感覚はまだぎこちない。けれど嫌ではなかった。
ディアビレはロビーの窓から海を見た。水平線は昨夜と同じ場所にあるのに、こちら側だけが変わって見える。
新しい朝は、選ばれるのを待つ朝ではない。選ぶために立つ朝だった。
#恋愛
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