テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
宿題の山に向かって机に座っていたら、携帯が小さく震えた。画面に表示された名前を見て、思わず笑みがこぼれる。
「もしもし」
『宿題、進んでる?』
「……全然」
『俺も。てか、英語のプリント、答え何番だった?』
ページをめくる音が、受話口から聞こえる。
声だけなのに、なぜか翔太の表情まで想像できるのが不思議だった。
『あー、これか。……あ、夏海って漢字、こういう意味なんだって知ってた?』
「え、何それ」
『さっき辞書引いてたら出てきてさ、“夏の海”って書くけど、意味は……内緒』
「気になるんだけど」
『じゃあ、いつか教える』
窓の外では、昼間の蝉の大合唱が嘘みたいに静まり返っていた。
時々、遠くで花火の音が小さく響く。
それがまた、会話をゆったりと包み込む。
『眠くない?』
「少し……でも、切るのはなんかもったいない」
『じゃあ、寝落ちしたらそのままにしとくよ』
笑い声が混じったその言葉が、やけに優しく耳に残る。
私は机に突っ伏しながら、受話口に向かって小さく「おやすみ」とだけ言った。
返事があったかどうかもわからないまま、意識は静かに沈んでいった。