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#結婚
寧子さくら
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パン
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#事件
翌朝、星見線の廃止検討が正式に公表された。
駅前の掲示板には、鉄道会社名義の文書が貼られている。
『翌年度末を目途とした路線廃止を含む運行形態の見直しについて』
友香は、その一文を何度も読み返した。
「本当に出たんだ」
隣で里樹が呟く。
昨夜、想一郎から届いたメッセージは二通だけだった。
『その町から離れて』
『明日、廃止案が公表される』
友香が送った、
『明日、私に会って説明して』
には返事がない。
「まだ既読だけ?」
「うん」
「殴る?」
「会ったら考える」
「考える余地あるんだ」
「あるよ。話を聞くために来たんだから」
そう答えたものの、胸の中は穏やかではなかった。
午前十時。
集会所には前日より多くの人が集まっていた。
「廃線なんて絶対に認めない!」
勝人の声が響く。
「反対署名を今日から集める。町全部でだ!」
拍手する人がいる。
その一方で、後ろの席から声が上がった。
「署名だけでどうにかなるのか?」
白髪の男性だった。
「赤字も修繕費も昨日見ただろ。もう無理なんじゃないか」
「諦めたら終わりだ!」
「だからって、何十億も誰が出すんだ!」
空気が割れた。
存続派。
廃止容認派。
昨日まで同じ方向を向いていた人たちが、今度は互いを責め始める。
「残したいって言うだけなら簡単だ!」
「車を持ってる人には分からない!」
「税金をどこまで使うんだ!」
友香は黙って聞いていた。
どちらも間違っていない。
だから厄介だった。
隣にいた千恵実が、小さな声で言う。
「友香さんも、想一郎さんに怒ってるだけで全部決めたら、相手の話を聞かずに決めるって意味では同じになります」
友香は一瞬だけ言葉に詰まった。
「……分かってます。だから、聞きます」
想一郎にも。
この町の人たちにも。
「一回、全員で答えを出そうとするのやめませんか?」
友香が声を上げる。
視線が集まった。
勝人が眉をひそめる。
「どういう意味だ?」
「残したい人と、もう無理だと思ってる人を同じ机で言い負かし合っても、必要なことが見えなくなる」
「じゃあ何をする」
「一人ずつ聞きます」
「は?」
「星見線を何のために使ってるのか。なくなったら何に困るのか。逆に、もう使ってないなら、どうして使わなくなったのか」
千恵実が頷いた。
「それなら整理できます。利用目的ごとに分ければ」
「そんな悠長なことしてる時間あるのか」
勝人が言う。
「反対署名もやってください」
「おい」
「ただし、署名した人数だけじゃなくて、その人がどんな時に星見線を必要としてるのかも聞いてください」
友香は勝人を見る。
「人を集めるの、得意ですよね?」
「喧嘩売ってるのか」
「頼ってます」
一瞬の沈黙のあと、誰かが笑った。
勝人は大きく息を吐いた。
「……分かった。やる」
その日、友香たちは町を歩いた。
最初に話を聞いたのは、病院帰りの女性だった。
「車の免許、返したのよ。息子は隣県だし、病院の日はこの電車がないと困る」
次は高校生。
「朝の一本がなくなると、バスじゃ始業に間に合わないです」
駅前の食堂では、店主が首を振った。
「うちはもう地元客だけじゃ厳しい。でも観光客が来ても、駅から何があるか分からないって帰っちゃうんだよ」
反対に、若い父親は言った。
「俺は車あるから、ほとんど使わない。子ども連れて乗るには本数少なすぎるし」
友香は全部書いた。
残したい理由だけではない。
使わない理由も。
午後には、千恵実の机に紙が広がった。
『通学』
『通院』
『買い物』
『観光』
『宿泊』
『乗り継ぎ』
「こうして見ると」
千恵実が言う。
「鉄道だけの問題じゃないですね」
「うん」
友香は地図を見る。
「駅から病院までの移動。宿までの道。バスとの時間。店が何時まで開いてるか」
里樹がスマートフォンを見せた。
「動画のコメントも同じだ。一人で来たいけど、動き方が分からないって」
「だったら、星見線を残すかどうかだけじゃなくて」
友香はペンで線を引いた。
「星見線を使って生活できるか。旅できるか。そこまで一緒に考えないと」
千恵実の目が少し明るくなる。
「交通全体で組み直す」
「できる?」
「すぐには。でも、形にはできます」
夕方。
集めた内容を駅近くのベンチで整理していると、勝人が缶コーヒーを二本持ってきた。
「ほら」
「ありがとうございます」
「礼はいい」
友香が受け取る。
勝人はホームを見た。
「俺はずっと、残すって言えばみんな同じ気持ちになると思ってた」
「違いました?」
「違ったな」
「でも、同じ意見じゃなくても一緒にできることはあります」
「甘いな」
「知ってます」
「それでも言うか」
「言います」
勝人が小さく笑った。
その時、ホームの向こうに人影が見えた。
友香の呼吸が止まる。
スーツの上着を腕に掛け、こちらへ歩いてくる男。
想一郎だった。
何日ぶりだろう。
ほんの数日しか経っていないはずなのに、ひどく遠い人に見えた。
友香は立ち上がる。
同時に、隣で里樹も顔を上げた。
想一郎の視線が友香を捉える。
次に、その隣の里樹へ移る。
ほんの一瞬。
想一郎の表情が、明らかに揺れた。
友香はその変化を見逃さなかった。
「やっと来たね」
想一郎は足を止めた。
友香はまっすぐ彼を見る。
「今度こそ、ちゃんと話して」
コメント
1件
第6話、読みました。 廃止容認派と存続派が割れていく中で、友香さんが「一人ずつ聞く」と動き出したところ、すごくよかったです。千恵実さんの「想一郎さんに怒ってるだけで全部決めたら、相手の話を聞かずに決めるって意味では同じになります」という言葉が刺さりました。誰の声も拾おうとする姿勢が、この物語の優しさだなって。 最後の想一郎さんとの再会シーン、里樹さんを見たときの表情の揺れが気になります。次が待ち遠しいです。