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「今度こそ、ちゃんと話して」
友香の声に、想一郎はすぐには答えなかった。
夕方のホームを風が抜ける。
数メートル離れた場所に里樹と勝人がいる。けれど友香には、目の前の想一郎しか見えなかった。
「友香。帰ってほしい」
やっと出てきた言葉がそれだった。
友香の中で何かが切れた。
「またそれ?」
「明日からもっと騒ぎになる。会社の人間も来る。君がここにいる必要はない」
「必要があるかどうかを決めるのは誰?」
「危ない目に遭わせたくないんだ」
「だから、誰が決めるの?」
想一郎が黙る。
「私は、結婚を止められた夜からずっと聞いてる。どうして結婚を延期したのか。どうして星見線に来たのか。あなたが何をしてるのか」
「今は話せない」
「いつなら話せるの?」
「全部決まったら」
友香は笑った。
自分でも驚くほど冷たい笑いだった。
「全部決まったら?」
「友香」
「全部あなたが決めて、私には結果だけ教えるの?」
「そういう意味じゃない」
「同じだよ!」
ホームに声が響いた。
勝人がこちらを見たが、友香は止まらなかった。
「結婚を待つのも、ここから帰るのも、あなたが決める。私が何を知るかまであなたが決める。『君のため』って言えば何でも許されると思ってる?」
「思ってない」
「じゃあ答えて」
友香は一歩近づいた。
「私と結婚したいの?」
想一郎の目が揺れた。
「それとも、したくないの?」
「したい」
返事は一瞬だった。
迷いはなかった。
だから余計に腹が立つ。
「じゃあ婚姻届を出す?」
想一郎は答えなかった。
「延期をやめる?」
「それは……できない」
友香は唇を噛んだ。
「意味分かんない」
「ごめん」
「その『ごめん』、もう聞きたくない」
目の奥が熱くなった。
泣きたくない。
怒っている時に泣いたら、何も言えなくなる気がした。
「帰らないから」
「友香」
「あなたが話すまでじゃない。私が知りたいことを、自分で確かめるまで帰らない」
友香は背を向けた。
呼び止める声はなかった。
そのことが、また胸に刺さった。
宿へ戻る道を、里樹が黙ってついてきた。
十分ほど歩いてから、友香が言う。
「何か言いたいなら言えば」
「今日は喧嘩腰だな」
「誰のせいだと思ってるの」
「俺じゃないだろ」
「分かってる」
里樹が足を止めた。
「友香」
「何?」
「俺なら、大事な相手を一人にしない」
友香も止まった。
里樹は笑っていなかった。
「怖いことがあるなら話す。何か決めるなら一緒に決める。少なくとも、結婚する相手を置いて一人で消えたりしない」
胸の奥が揺れた。
想一郎から欲しかった言葉を、別の人が簡単に言ってくれる。
「それ、ずるいよ」
「分かってる」
「私が今、一番弱ってる時に言う?」
「だから今まで言わなかった」
里樹は視線を外した。
「昔、友香のこと好きだった」
友香は息を止めた。
「言わなかったけど」
「どうして今言うの」
「まだ少し残ってるから」
里樹は苦く笑った。
「でも、奪いたいわけじゃない。友香があいつのことでこんな顔してるの見て、黙ってるのが嫌になっただけ」
友香は左手の指輪に触れた。
一瞬だけ思った。
里樹なら、もっと楽なのかもしれない。
何でも話してくれて、笑わせてくれて。
けれど、その考えを追いかける前に首を振った。
「ごめん」
「謝るなよ」
「今、里樹の方に行ったら、私、想一郎から逃げることになる」
里樹が黙る。
「私は、勝手に決められたことに怒ってる。でも、その怒りのまま別の答えを選んだら、私もちゃんと向き合わずに決めることになる」
「……強いな」
「強くないよ」
友香は笑えなかった。
「ただ、あとで自分に嘘つきたくないだけ」
宿へ戻ると、千恵実がノートパソコンの前で待っていた。
「二人とも、ちょうどよかった」
「何か分かった?」
「廃止案とは別の資料を見つけました」
千恵実が画面をこちらへ向ける。
『星見線 九十日間利用実証案』
友香は椅子を引いた。
「九十日間?」
「会社の正式な廃止検討とは別に、沿線利用を増やせるか試す案です。通学、通院、観光、店舗利用をまとめて検証する」
「そんな案があるなら、どうして公表されてないの?」
「まだ社内提案の段階だから」
千恵実が資料を下へスクロールする。
「提案した社員が一人います」
友香の胸がざわつく。
画面の下部。
提出者。
そこに名前があった。
想一郎。
友香は何も言えなかった。
廃止を進める側だと思われている男が、廃止とは逆の案を出している。
「……何してるの、想一郎」
怒りは消えなかった。
むしろ、もっと知りたくなった。
なぜ、それを自分に言わなかったのか。
なぜ、結婚を止める必要があったのか。
次に会った時こそ、逃がさない。
友香は画面に映る想一郎の名前を、まっすぐ見つめた。
コメント
1件
うわー、今回はめっちゃ重い回だった……! 想一郎の「今は話せない」と友香の「いつなら話せるの?」の食い違い、どっちの気持ちも分かるだけに辛いな。でも最後の資料で想一郎が廃止と逆の案を出してたの、めっちゃ気になる! 彼が何を抱えてるのかますます知りたくなった。里樹の告白も「ずるいよ」ってなるけど、友香の「逃げない」って答えにグッときたわ。次が待ち遠しい🔥
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紫倉 紫
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パン
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